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絶世の美女クレオパトラの本当の魅力

楊貴妃、小野小町と並んで世界三大美女と称されるプトレマイオス王朝最後の女王、クレオパトラ7世。政治的戦略の為に男性を翻弄した悪女という説もありますが、果たして本当にそうなのでしょうか?改めてクレオパトラの人物像に迫ってご紹介していきます。

クレオパトラの魅力

クレオパトラが頻繁に足を運んだ場所

当時の首都アレキサンドリアは一時期は人口が100万人を超えると言われ「世界の結び目」とも呼ばれているほど栄えた大都市でした。

街中には各地から詩人や学者たちが集まった学術研究所ムーセイオンがあったり、ヘレニズム時代の商業と文化の中心として栄えていましたが、中でも約70万冊の蔵書を誇るアレキサンドリア図書館にはクレオパトラ自身も足しげく通ったと言われています。

クレオパトラはたいへん読書家で、教養の深い女性だったと言われています。あまりイメージはないかもしれませんが、彼女の大きな魅力の一つが知性であることは間違いないようです。

心地よい美声と話術

クレオパトラはその顔の造形以上に声が大変美しかったことで知られています。その声を聞いた人は「小鳥の声のようだ」「楽器の音色のような声」といつまで聞いていても心地よい声の持ち主だったようです。

それに加え、教養を兼ね備えたクレオパトラは会話上手で、相手はつい本音を話したくなるほどだったと言います。話し上手は聞き上手とも言いますから、一人の女性としても見習いたいところです。いつ会ってもきちんと話を聞いてくれて、きちんと自分の意見も伝えられる女性というのは、たしかに男性にとって魅力的に映ることでしょう。

本当に絶世の美人だったのか?

これに関しては諸説ありますが、いずれも少し脚色された部分が強いと言えるかもしれません。一説によれば当時の建物内は薄暗いことが多く、顔の造形がそこまでよくわからないとも言われているからです。

ともあれ、これほどまでに時間の経った現在でも語り継がれるということは、クレオパトラ自身にそれに見合う何かしらの素晴らしい魅力があったことは間違いないのかもしれません。

命をつなぐのも命を奪うのも兄弟

200年以上続いた血族結婚

クレオパトラ7世はヘレニズム時代に栄えたギリシア系のプトレマイオス王朝(前304年~前31年)の最後の女王です。プトレマイオス朝はエジプトの伝統を取り入れて血族結婚を200年以上繰り返していたため、当時のエジプトはエジプト人の血が混じらず、ギリシア人によって統治されていました。

そんな中、王家の6人兄弟の三女としてクレオパトラ7世は生まれました。しかしその青春時代は決して心穏やかなものではなかったのです。

一番上の姉であるクレオパトラ6世が王位即位後すぐに変死し、すぐ上の姉であるベレニケ4世が即位するも、クレオパトラの父でもあるプトレマイオス12世によって処刑されてしまいます。

父親の遺言に従い、一番最年長となった18歳のクレオパトラは13歳の弟であるプトレマイオス13世と共同で王位に就きます。

このプトレマイオス王朝は一族間での殺し合いが頻繁に行われていたのです。

妹と弟に命を狙われて

やがて共同統治者となった弟のプトレマイオス13世は事実上、ほとんどクレオパトラ7世の単独統治となっていることに不満を抱き、クレオパトラの下の妹アルシノエ4世と結託し、クレオパトラを失脚させようと企みます。

ここからはみなさんのよく知るお話ですが、身の危険を感じたクレオパトラは当時ローマを統治していたカエサルに自らの命を守ってほしいと懇願しに行くことになります。

女王としての威厳

恋愛遍歴の背後にある国家的危機

かの有名なカエサルやアントニーとの男性遍歴について、クレオパトラはよくバッシングされることがあります。「女性としての武器を使って男性を利用している」と。

しかしこの背景には必ずエジプトの国家的危機があります。当時、共和制ローマの政治家だったカエサルを味方につけることしか自身の命とその責を負うエジプト国家を救う道がなかったのです。

また、アントニーに関しても女王として君臨していくのに敵国に囲まれている中、ローマと手を結ぶことは決してデメリットにならない話です。軍事的にも経済的にも支援を受けるためです。当時のエジプトは財政危機でもあったので、それを解決する方法の一つとしてもアントニーに自分の味方になってもらう必要があったのでしょう。

プトレマイオス王朝では兄弟にすらいつ命を奪われるのかわからない環境の中、クレオパトラには女性の武器を使い、国家を守る術しか残されていなかったのかもしれません。

いずれにせよ、一人の恋する女性というよりはひたすら国家を守る女王の必死のもがきのように思えてなりません。

最期まで威厳を保つことが女王としての姿

ローマと刃を交わすことになったクレオパトラは、エジプト国家を賭けたアクティウムの海戦で圧倒的なローマ軍の強さにより敗北することになります。かつてローマにいた自分の味方であったカエサルもアントニーもいなくなった今、彼女に残されたのはローマにひれ伏すことです。

平和的な方法でエジプト国家を守ろうとしてきたクレオパトラですが、女王としてローマの捕虜になるにはあまりに屈辱的でした。そして紀元前30年、自らの命を絶つ方法を選びます。

生まれながらにして王家に生まれ、その責を果たさなければいけないということは自由な選択肢がいくつもあるわけではないのでしょう。1人の女性として相手を見ていたくてもそれ以上に守らなければならないものがクレオパトラにはあったのだと言えます。

時を別にしますが、フランス革命によって断頭台に上がることになったフランス王妃、マリー・アントワネットの最期の言葉をご存知でしょうか?

何か月もの間、幽閉されそのストレスから3ヶ月で全ての髪の毛が白髪になったと言われるマリー・アントワネット。自らの命を奪う断頭台へ上がる階段を軽やかな足取りで上がった際、履いていたスリッパの片方が脱げたため、「ごめんあそばせ。うっかりしておりましたのよ。」とお付きの人間に謝った言葉が最期になったのです。

悲しいほど優雅であり、誇り高くいなければならないのはクレオパトラもマリー・アントワネットも同じだったのかもしれません。

長い歴史の中で、多くの国では身分制度の廃止が行われ、職業を自由に選べるようになりました。自由に生きられるということは過去に生きた人々による偉業の賜物だと言えるのでしょう。

INTRODUCTION of THE WRITER

結城まい
name. 結城まい
普段はPRライターをしています。その他、音楽やジュエリーのサイトでも執筆中です。自分で書いた「おしゃれ観葉植物5選」の記事を読み、ミイラ取りがミイラに。すくすく育つフィカスウンベラータ(♡の葉っぱのやつです)が可愛くて、朝、自分がお水を飲むより先に水やりをするのが日課です(*'▽'*)

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