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町田康 『くっすん大黒』 が描くパンク文学の世界

20世紀末に発表された町田康の小説『くっすん大黒』。この小説はパンクミュージシャンが書いた小説が文学の世界で正当に評価された先駆け的小説です。 そこでパンク文学『くっすん大黒』が描こうとしたものについて、考えてみます。

町田康

町田康。もともとは町田町蔵を名乗っていました。パンクロッカー、エッセイスト、小説家、俳優と色々な顔を持つ多彩な人物でもあります。
大変な美青年です。

町田康(まちだこう)の本名は町田康(まちだやすし)といいます。1962年1月15日、大阪府堺市に生まれました。
中学生時代から音楽を嗜んでいた町田少年は友人に奨められるまま、ロック・ミュージックに傾倒していきます。
そして1977年、大阪府立今宮高等学校在籍中に「セックス・ピストルズ」の演奏するパンク・ロックに触発されて「腐れおめこ」を結成しました。
「腐れおめこ」とは非常にショッキングなバンド名ですが「セックス・ピストルズ」というバンド名から考えると、ごく自然な発想であろうと思われます。
この時から町田町蔵という名前を生み出し、歌手活動を行うようになります。
1979年に林直人が加入することでバンド名を「INU」に変名をします。さらに幾度かのメンバー交代を経て1981年にファーストアルバム『メシ食うな!』を発売してメジャーデビューをすることになりました。
しかし「INU」は三か月で解散をしてしまいます。
その後、町田町蔵はバンドを作っては解散をするといった独特の音楽活動を行っていましたが、音楽家としての収入のあまりの少なさに働くこと自体を辞めて、3年間の自主休業を行うことになります。
そして1996年。3年の間に培った独自の文学的教養世界を詰め込んだ『くっすん大黒』によって作家デビューを果たします。
『くっすん大黒』は1996年のドゥ・マゴ文学賞を受賞しました。
ドゥ・マゴ文学賞は審査員が一人しかいなくてなおかつ毎年変わる文学賞です。1996年の審査委員は筒井康隆でした。
筒井康隆に激賞された『くっすん大黒』は日本文学にパンクを存在させたとして、一躍評判となり90年代日本文学の収穫の一つとして評価されるようになりました。
この評価によって町田康は一躍日本文学の救世主として世の中に知られるようになりました。
その後も精力的に執筆活動を行い、『告白』『宿屋巡り』などの長編小説を発表する一方『へらへらぼっちゃん』『耳削ぎ饅頭』などユーモアと哄笑に満ちたエッセイも発表しています。

『くっすん大黒』及び「J文学」について

町田康のデビュー作。ドゥ・マゴ文学賞、野間文芸新人賞を受賞。

1996年に発表された『くっすん大黒』は当時流行していた「J文学」とは少しだけ、かけ離れた所で評価されていました。
もともと「J文学」という概念は90年代初頭に生まれた「J-POP」という言葉から生まれました。それは80年代にポストモダン文学が言葉の暴力を訴えたのに対して、「言葉の暴力」自体を「言葉遊び」と称したのが「J文学」の思想の概論になります。
けれども「J文学」の思想の根本は批評にあります。言葉の暴力は一方的なものではなく、それを使うものすべてがその遊戯に参加しているのです。この「参加すること自体」に対する嫌疑が「J文学」の批評性なります。

『くっすん大黒』の粗筋は元パンクロッカーの主人公、楠が3年間酒を飲み続ける自堕落な生活をした後、七福神の大黒様のような顔になっていることから始まります。そしてその理由を自分の家にあった大黒のせいにして、大黒を捨てる旅に出るのでした。はたして楠は大黒を捨てられるのでしょうか。

結果を書いてしまうと、楠は大黒を捨てられずに『くっすん大黒』という新しいあだ名を手に入れることになるのです。

『くっすん大黒』の描く「あかるいぜつぼう」

『くっすん大黒』から伺えるのは、人生においての悲惨さであり、取り返しのつかない物事に対する嫌疑です。
人生をドロップアウトした人間は、かつての自分を取り戻すことは出来ずに、あたらしい自分として生きていかなければなりません。
このドロップアウトを誘う自堕落な思想自体『くっすん大黒』の物語なのですが、ここに書かれている自堕落な生活をしているキャラクターたちは、妙に明るかったり楽しかったりします。
けれども何故か物語の中で救われることが無いのです。この救いのなさこそが『くっすん大黒」の魅力なのです。
そこで町田康の小説がこれほど魅力をもって多くの人に読まれるのしょうか。
それは町田康が詩人だからです。

詩人の価値、及び町田康の歌詞について

ミュージシャンの歌詞が詩として価値があるのでしょうか。
答えはYes。何故ならアメリカ出身のミュージシャン、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞しているから。
ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞自体、賛否両論があります。しかし現在文学と呼ばれているものは、かつての吟遊詩人たちによって育まれたものなのです。
もともと吟遊詩人とは歌を歌うことを生業にしています。
現代の詩人は収入が少なく、詩作のみで生計を成り立たせている人間は少ないです。日本では谷川俊太郎ぐらいではないでしょうか。
町田康は現在、作家活動を行っています。しかし町田町蔵を名乗っていた時代、バンド活動を生業にしていました。その中でもボーカルと歌詞を書いていました。
そのボーカルスタイルは呪術師のようにうねりを加えられ、町田が影響を受けたセックス・ピストルズのボーカル、ジョン・ライドンの強い影響が感じられます。
また歌詞の世界自体は町田康が自分の言葉で書こうという気持ちが感じられます。自分の言葉で書き歌うという意識自体、いままでの文学や音楽の影響のもとで作られた歌詞自体に対する深い懐疑から産まれているのです。だからこそ、その嫌疑はピュアネスを保ち、強い伝播力を持っていました。
そして現在の町田康の作家活動は、自らの詩の呪力をいかに開放するかに寄っています。
そこで町田康が結成していたパンクバンド「INU」のメジャーデビューファーストアルバム『メシ喰うな!』に収録されている楽曲『メシ喰うな!』の歌詞について考えてみます。

『メシ喰うな!』の歌詞(全文)

81年に発表された「INU」のメジャーデビューファーストアルバム。
この作品を発表した3ヵ月後、「INU」は解散の憂き目にあう。

俺の存在を頭から打ち消してくれ
俺の存在を頭から否定してくれ

あのふざけた中産階級のガキどもをぶちのめすために
俺の存在を頭から否定してくれ

町には色とりどりの花を持った
貧乏そうな顔つきの国鉄の客
人の海人の海人の海人の海人の海人の海人の海人の海
人間人間人間人間

俺の存在を頭から打ち消してくれ
俺の存在を頭から否定してくれ

お前らは全く自分という存在に耐えられなくなるからと言って
メシばかり食いやがって

メシ食うな

俺の存在を頭から打ち消してくれ
俺の存在を全くないものとしてくれ

『メシ喰うな!』の歌詞について

町田康の詩集、その名も「町田康全歌詩集1977~1997」。「歌詞」ではなく「歌詩」であるところが重要です。タイトル通り、町田康がメジャーデビューした1977年から1997年まで発表した歌詩と未発表の詩が収録されています。

『メシ喰うな!』の歌詞は一聴するとわかりやすい。「俺の存在をうちけして」欲しい人の歌だろう、と出来ます。
しかし冒頭の「俺の存在を頭から打ち消してくれ」という歌詞の繰り返しは、わかりづらいです。
この言葉の解りやすさと、意味の受け取り辛さが町田康の歌詞の本質なのです。つまり町田康の歌詞は歌としての伝播力を持ち、詩として独自の言葉を持っているのです。
そのため文章として書き起こしてみると、その言葉を歌詞としては、読み解き辛い部分があります。
そこで、全体を否定の欲求によって成り立っている詩のユニークさについて考えてみたい。

『メシ喰うな!』の歌詞は全て否定によって成り立っています。しかしこの否定は誰がしているのでしょうか。
「俺の存在を頭から否定して」欲しいのは、多分歌っている町田町蔵でしょう。また「あのふざけた中産階級のガキどもをぶちのめ」したいのも町田町蔵です。さらに生活を営む「色とりどりの花を持った」人々を「貧乏そうな顔つきの国鉄の客」と断言しているのも町田町蔵なのです。
「自分という存在に耐えられなくな」って「メシばかり喰」う「お前ら」に「メシ喰うな」と訴えかけているのも歌っている町田町蔵でしょう。

ここには町田町蔵の訴えがありますが、ほとんどの人が理解できないでしょう。なぜ「俺の存在を否定して」欲しいのでしょうか、何故「あのふざけた中産階級のガキどもをぶちのめ」したいのでしょうか。
何故生活を営む「色とりどりの花を持った」人々を「貧乏そうな顔つきの国鉄の客」と言うのでしょうか。
何故「お前ら」が「メシばかり喰」う理由が「自分という存在に耐えられな」いからなのでしょうか。
何故町田町蔵は「メシ喰うな」と言わなければならないのでしょうか。

この歌詞の中に溢れる疑念は否定の命題によって成り立っています。自分の存在に耐えられないほどの欲望をどのように肯定するのか、という人が生きる上で求める命題に繋がるのです。
そして生きる上で当然持ち得る欲望を容易に肯定したくないというアンビバレンツな感情こそが『メシ食うな!』の歌詞の世界であり、パンクの思想に繋がるのです。

何故『メシ食うな!』がパンク思想と繋がるのか

セックス・ピストルズの唯一が残した唯一のアルバム。「Anarchy in the U.K.」「God Save the Queen」「Holidays in the Sun」等パンクの名曲が収録されています。

理解を求めたくないし、理解されたくない、けど理解されたい。というアンビバレンツながらイノセントな感情を思想として言語化したのが、パンクという思想です。
そしてパンク思想はもともと70年代のイギリスで多くの人に受け入れられるようになりました。
そのきっかけを作ったのが「セックス・ピストルズ」です。
「セックス・ピストルズ」のフロントマンはジョン・ライドンですが、パンクを象徴していたと言われているのはシド・ヴィシャスのほうでした。シド・ヴィシャスの人生にはロマンチシズムが介在していました。
このロマンチシズムこそパンク思想なのですがシド・ヴィシャス自体はパンク思想家でさえなく、音楽家としての才能も皆無の人間だった。彼は自身が担当する楽器の演奏さえ出来ませんでした。
そのためシド・ヴィシャスはボーカルに転向して、多くの人にパンクロッカーとして受け入れられました。
しかしシド・ヴィシャスの人生自体「セックス・ピストルズ」というパンクの幻影によって成り立っていたのです。
パンク思想とは自分を受け入れられない子供のようなピュアネスを保つために、理解を求めながら理解を最後までされたくない子供のような思想でした。
「セックス・ピストルズ」のフロントマンのジョン・ライドンはパンク思想をインテリジェンスによって解釈をしていた為「セックス・ピストルズ」の解散と同時に新しいバンド「PIL(パブリック・イメージ・リミテッド)」を結成します。
「PIL(パブリック・イメージ・リミテッド)」はポスト・パンク・バンドであり、高い技術をもった演奏能力をもったメンバーによる強烈なリズム隊と、カオティックなジョン・ライドンのボーカルで彩られたすさまじいバンドでした。
そもそも「セックス・ピストルズ」自体が当時の音楽プロデューサーによる仕掛けの一つであることこそ、他者が理解を求めようとすることを裏切ろうとする自意識を高い思想によって結晶化したパンク思想の持つユーモアです。
このように高い自意識と自己を見つめる目が持っているユーモアこそがパンク思想の本質なのですが、シド・ヴィシャスは思想家ではなく体現者でした。
インテリジェンスを持っていたパンク思想家ジョン・ライドンとパンクの無意識の体現者、シド・ヴィシャス。
しかしパンクほど容易く、本質的には誰も受け入れようとしない思想は何を齎したのでしょうか。
このパンク思想を日本において正当に解釈したのが町田町蔵のユーモアなのです。

『くっすん大黒』はパンクからの解放としての言葉だった。

1997年に発表された町田康のアルバム『脳内シャッフル革命』。このアルバムは『くっすん大黒』と同時期に製作されています。インタビューによると町田康は「『脳内シャッフル革命』が売れれば音楽活動を続ける予定だった」と語っています。

パンク思想が齎したもの、それは何だったでしょうか。
「何もない」ことは、結局世界には何も齎さないのでしょうか。
しかし現在「セックス・ピストルズ」の残した唯一のアルバム『Never Mind The Bollocks(勝手にしやがれ)』や「INU」が残した唯一のアルバム『メシ食うな!』をきいて不快な気持ちがする人は皆無だと思われます。何故なら彼らの音楽は開放であり自由に作られているからです。そしてその自由は聞く人の心の解放します。
当たり前の話ですが、人間は色々なしがらみの中で生きています。生まれ、家族、経歴、学歴、仕事、友達、恋人。人が産まれて生きるのには、多くの人と関わらなければならりません。また何かを得るためにはあらゆる努力をしなければなりません。
そしてその為の努力をすればするほど、世界はさらに新たな努力を人に課します。
偉くなろうとすれば、そのための努力を行い、モテたいと思えばその努力を惜しまない。良い生活をしたいと思えば、金銭を沢山得ようとして多くの仕事をする努力を行うでしょう。
しかし努力に見合うほどの結果が得られるかと言えば、人生ほど努力が見合わないものはありません。
人生ほど等価交換が成り立たないものはないからです。
人が思うほど人生は金銭では贖えないし、地位や名誉でさえも贖えません。もしかしたら愛によってさえも贖えないかもしれません。
そのような自らの過酷な人生を見つめ直した時、開放や自由が価値を持ちます。
そしてパンクの力とは、苦しみの中にいる人の心を少しだけ軽くしたり、一時だけでも救いを与えるような奇妙な薬でもあったです。
パンクとはドラッグや酒におぼれる必要がない言葉の力だけで人の心を解放しようとする「ぜつぼう」に処するために現存する唯一の薬なのです。
そしてユーモアと言葉の力もって「ぜつぼう」に処するため、作られた小説こそ『くっすん大黒』なのです。

たのしいぜつぼう

町田康の『くっすん大黒』は現存するパンク小説の中でも、いまだ「たのしいぜつぼう」を処方できる書物です。
休暇の時に、町田康の本を一冊でも読んでみてはいかがでしょうか。その中でも『くっすん大黒』をお奨めいたします。
「ぜつぼうのなかできぼうをみつける」なんて生ぬるい考えよりももっと明るい、それでいて明日を生きる勇気が湧いてくる稀有な書物です。
是非読んでみてください。
それでは。

INTRODUCTION of THE WRITER

家出猫町
name. 家出猫町
家出をして猫町に住みたい。

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