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甲州の庶民が愛した革細工の名品「甲州印伝」

武田信玄が生まれ育った甲斐の国(今の山梨県)に伝わる革細工があります。鹿革に漆でつけた模様は、江戸時代から庶民に親しまれてきました。その技法は、山梨県にある「印傳屋」の代々の家長「勇七」に口伝えによって受け継がれてきました。現在ではその技術は広く公開され、印伝の技術継承を志す職人たちによってさらなる進化を遂げています。印伝は、巧みな技術があるからこそ美しく作りあげられるもの、その芸術的な技をご紹介します。

印伝の美しさの秘密は、鹿革と3種類の技法の華麗なコラボレーション

印伝は鹿革に3種類の技法で模様付けを施します。

鹿革の触感は、まるで人肌のようにしっとりとしています。使うほどに柔らかくしなやかになるこの素材が、印伝の肌触りの良さの決め手になっています。

印伝の彩色技法のなかで最もよく使われているのが「漆付け」と呼ばれる技法で、
印伝=鹿革に漆といわれるほど有名なものです。

最もポピュラーな技法「漆付け」

漆付けの技法は、まず染色と断裁をした鹿革を用意します。その上に様々な和柄を入れた型紙をのせ、型紙の上から漆をのせヘラを使い均等に刷り込みます。

その後、型紙から鹿革をはがすと型紙通りの美しい絵柄が鹿革に現れるのです。

この鹿革を数日乾燥させ完成となります。出来上がった漆付け印伝は、漆部分が盛り上がり艶やかに輝く美しい仕上がりになります。

鹿革のマットな質感と漆の輝きが対照的で、芸術的でもあります。

藁の煙を使い巧みに絵柄を作る「燻べ(ふすべ)」

燻べ(ふすべ)と呼ばれる技法は、鹿革をタイコ(筒)に貼った後、藁を焚いていぶします。この時タイコを回転させますが、職人による感と経験によりムラなく均等に燻されるように調整がなされています。その後、さらに自然な色にするために松脂でいぶして仕上げます。この技術は修行をつんだ熟練の職人だけができる特別なものなのです。

近年まで、印伝技術を受け継ぐ上原家の家長「勇七」にのみ口伝えで継承されてきましたが、印伝技術を世に広めるために一般に公開されました。奈良の東大寺所蔵の文箱にも用いられているもので古くからの歴史ある技法です。写真にもあるライン状の模様は、タイコに糸を巻きつけて作ったもので、燻した後に糸をカットして模様に仕上げます。

この技法で作った印伝は、落ち着いた表情を見せ、古風な仕上がりになります。

版画のように幾重にも色を重ねる「更紗」

印伝の技法のなかで最も華やかなものがこの「更紗」です。
名前の由来はインドの模様、更紗模様ににていることからつけられました。

この技法は色ごとに型紙を変えることで、何色も使った煌びやかな模様を描きだすことができます。まるで浮世絵の製作技法のようです。色の調合や均等に色をのせるのに熟練の技術が必要とされる高度な技法になります。

手間と時間がかかるだけあり、出来上がった作品は非常に華やかで目を奪われます。

庶民に愛された印伝の歴史

印伝の歴史は甲斐の国(今の山梨県)から始まります。

大永元年(西暦1521年)に生まれた武田信玄公。その後、信玄公が好んで使った甲冑を入れる鹿革で作った丈夫な袋が「信玄袋」と呼ばれるようになりました。
当時の絵付けは、木版などやあかねの根の汁で染めたりしていました。まだ、印伝の特徴である漆などは使われていませんでしたが、「信玄袋」は鹿革の良さが認められるきっかけになりました。

寛永六年(西暦1629年)に幕府に上納された外人のみやげ物の彩色のまねをして作った革細工が、インド伝来と言う意味で「いんであ革」と呼ばれ、印伝の呼び名のもとになったと言われています。

さらに時代は過ぎ、江戸時代中期に漆で模様を付けた革細工加工がはじまりました。最初に漆をつかったのは甲州に住む革細工師の遠祖上原勇七。彼がつくった印伝は、松皮印伝や地割印伝と呼ばれました。

江戸時代には何件かの印伝細工所がありましたが、時代の流れの中で「印傳屋」のみが残ることになります。印傳屋の家長が代々受けついだ印伝の技術が今日の印伝の技術のもとになっています。

1987年に甲州印伝は経済産業大臣指定伝統的工芸品に認定されました。
現在では、山梨県に「印傳屋」のほか、「印伝の山本」などの印伝を継承する会社があります。

印傳屋
http://www.inden-ya.co.jp/lite/index.html

印伝の山本
http://www.yamamoto-inden.com/

美しい印伝の絵柄は日本の伝統模様

印伝は美しい模様が特徴です。その絵柄には日本に古来から伝わる伝統模様が使われています。漆によって鹿革に加工された模様は、立体感と光沢を帯びていて美しいものです。

上の写真の模様はトンボをモチーフにしたもの。現代的なポップな感じもしますが、勝ち虫と呼ばれるトンボの模様ということで、古来から武士にこのまれた模様です。個人的にはこの模様が変わっていてかわいいので一番好きな模様です。

上の写真の右側の赤い模様は「小桜」という名前の模様です。これは、よく見かける模様かもしれせん、小さな桜がちりばめられていて可憐な感じでいいですね。

昔は鎧によく使われていたそうですが、今は着物や長襦袢などに使われています。時代によって使われ方も随分変わってくるものですね。

上の写真は「ひょうたん」の模様が付けられた印伝の財布です。ひょうたんの表面はすべすべしていて捉えどころがないことから、魔物にも捕まらないと解釈され、魔除け、厄除けを象徴する模様になりました。かわいい模様ですが魔物から守ってくれるとは頼もしい限りです。

この漆黒の印伝は、黒い鹿革に黒い漆で市松模様をつけたものです。今までの和風の印伝の感じとは違って非常にクールでかっこいい仕上がりになっています。これならハイブランドの洋服にもコーディネートしやすいですね。

印伝には、まだまだいろんな模様があります。伝統の和柄を身近に感じることができ、日本の心も感じることができる印伝の和模様の美しさに感動させられます。

江戸時代から伝わる文化、印伝にふれ思いをはせる

印伝は山梨県に生まれたものからすれば、非常に馴染みのあるものです。私は山梨生まれなので、あたりまえのように印伝の模様をみてきました。私の母もよく使っていたので、特に珍しくも思いませんでしたが、遠く故郷を離れた今は、印伝の模様を見ると懐かしく感じます。

故郷に伝わる印伝の美しさが、この記事を読んでもらっている方々に少しでも伝わってくれたら非常に嬉しく思います。

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