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桜:花見の極意

もうすぐ桜の季節がやってくる。桜は古来より日本人のテンションを無条件に上げて来た特別な花。呑めや歌えのお花見もまた味わいがあるが、ちょっと趣の異なる‟花見”もまた格別だ。今回は、一風変わった花見の極意をご披露したい。

梅は咲いたか桜はまだか

 この記事を書いているのが三月半ば。春の遅いここ信州にも、あと半月ほどでやって来よう。そう、桜の季節だ。
 何と言ってもこの時期は待ち遠しい。このスペシャルな季節の到来を告げる露払いが梅である、というのも、何とも嬉しい。冬の寒さから解放されて最初に出会うのが、この二つの花なのだ。日本の四季とは、何故かくも感動的なのだろう。
 郷里上田で桜の名所と言えば、やはり上田城ということになろうか。約千本のソメイヨシノや枝垂桜(しだれざくら)が一斉に咲き、ライトアップに浮かぶ櫓(やぐら)の足元をふんわりと押し上げる。この風情を愛でながらゆっくり歩を運ぶ人々の足元も、いつもより10センチばかり浮き上がって見える。その上向きのベクトルが、誰の目元口元にも及んでいるのがまた何とも言えずいい。見知らぬ人々と浮力を共有し合うこの季節は、一年のうち、わずか数日。だからこそこの時間は、かけがえのないものなのだろう。
 桜に先だって咲く梅も、演出力という点ではどうしたって桜にはかなわないが、きゅっと締(し)まった“おぼこ”なたたずまいはやはり可愛らしい。花びらが散り終わってから葉が遠慮がちに顔をのぞかせる感じも、散り際にはや緑が伸び出す桜より清潔感がある。桜を成熟したレディに例えるなら、梅はさしずめ、己の内の恋心に戸惑う少女といったところだろうか。真っ直ぐ天に伸びる枝つきと相俟(あいま)って、この梅の透き通った可憐さは、無論掬(きく)すべきものだ。

 でも、やっぱり桜だ。桜の解放感って、やっぱり特別なのだ。

西行、良寛、天神様

 僕にとって桜とは、何も考えずにその華やぎに陶酔することを許される、ただ一つの花だ。梅はそうではない。必ず何がしか考えさせられる。
 梅、と言われて僕がまず思いつくのは、天神様、菅原道真(すがわらのみちざね)公が配流先の大宰府(だざいふ)で詠んだこの歌だ。

 東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春を忘るな

 名歌である。さすがは天神様だ。己がかこつ不遇の想いを梅への慈しみに昇華し、その二つの情感を東からの風でつなぐ。このセンス、やはり只者ではない。
 しかし。
 僕は物書きの端っくれであって歌詠みではないが、ひょっとしたらこれ以上の表現って可能なんじゃないか、などと相当罰当たりかつ不遜極まりない考えが、どこかで首をもたげてしまう。もちろんかなう訳がない。そんなことは百も承知なのだが、僕に無理でも、出来る奴はもしかしたらいるんじゃないか、などとつい考えてしまうのだ。言い方を変えれば、梅に関するこの国の言語表現はまだ完結していない。その未完な感じが、何やら僕を落ち着かなくさせるらしい。
 その点、桜は違う。

 ねがはくは 花のもとにて 春死なむ その如月(きさらぎ)の 望月(もちづき)のころ

 散る桜 残る桜も 散る桜

 わざわざことわるまでも無かろうが、上は西行法師の歌、下は良寛上人の句である。
 絶対神、という観念をついに持たなかったこの国の精神文化を生きる者の一人として、僕には“完成”ということはあり得ても“完全”ということは無い、という前提がある。これは思想というような大仰なものではなく、ごく自然に身についた感覚だろう。だが、もし“完全”、もしくはそれに限りなく近い表現があるとしたら、それはまさしく上に挙げた歌や句なのではないかとも思う。
 桜に関する表現で、この二つを超えるものは、たとえ日本や日本文化がこの先何千年続くとしても、決して生まれはしないだろう。無論、とてつもない天才が現われて、僕の説を覆す可能性も皆無ではないのかもしれないが、少なくとも今の僕には、その想定にはリアリティがない。
 この花については、この国の歴史と文化がすでにその表現を完結させている。二人の先輩がとっくの昔に仕事を片付けてくれているので、桜はただただ安心して愛でていられるのだ。余計なことを一切考えることなく、全身でその華やぎに浸り、酩酊に己を預けきってしまえる。それは何と贅沢な事だろう。

坊主二人のプレゼント

 それにしても。

 散る桜 残る桜も 散る桜

 この明るい諦め、ポジティブな寂しさはどうだろう。
 一抹の寂しさを残しつつ、さらりと諦めることで次の何かを受け容れる。満ち足りて次の一歩を踏み出す。テンションはローだが、柔らかい光に包み込まれる情感が、この句を口ずさむ者の体温を少しばかり上げてくれる。
 これが良寛上人の辞世の句だったことを思い合わせるなら、上人にとっての“次の何か”、“柔らかい光”は、もちろん自身の死だ。人生に一抹の名残を留めつつ、静かな満足感をもって穏やかに死を迎え入れる。ここには、己の人生を悔いなく生きた者のみに宿る、揺るぎない強さも窺えよう。こうした“自然体”は、人生と死とを結ぶ、最も幸福な関係性であるに違いない。

 ねがはくは 花のもとにて 春死なむ その如月(きさらぎ)の 望月(もちづき)のころ

 “死”という決定的なフレーズを剥き出しにしていながら、これほど具体的な情景を想起させる歌も珍しいのではあるまいか。
 この歌が包む言葉のみからイメージされる情景は、僕にとってはこうしたものだ。

 蒼(あお)く冴え渡る夜空を、皓皓(こうこう)と満月が照らす。月明の下、白く浮かび上がる一本(ひともと)の桜。その根方に、一人の僧形(そうぎょう)の男が腰を下ろしているのが見える。粗末な僧衣に身を包む男は、罅(ひび)割れた幹に痩せた背を預け、静かに目を閉じている。すり切れた衣を慰める数朶(すうだ)の花びら。口元には微かな笑みが浮かぶ。
 この男、眠っているのか、すでにこの世のものではないのか…

 歌の言葉では限定されていないが、この歌の情景に入る事を許されるのは、一本の桜、一人の男(もちろん西行自身だろう)だけだとしか、どうしても僕には思えない。その上にある、欠けたる所の無い月。この閑寂さ、簡浄さは何事なのだろう。それでいて、この例えようのない明るさは。
 望月、満月という思いきりもいい。大学の卒論を『徒然草』で書いた僕は、兼好らしい不完全なもの(十六夜・散った後の桜など)への嗜好には大いに共感するが、この西行の歌を念頭に置くなら、兼好を“素直じゃないヒネクレ者”、“ねじくれ者”とぶった斬った本居宣長に、むしろ軍配を挙げたくなる。満月に満開の桜。この臆面の無いゴージャスさ。“ちょい○○”とか“なんちゃって○○”とか、しみったれたことを言わない容赦の無さ。
 うん、いいじゃないか。

 言葉が描く情景だけでもここまで秀逸なのに、この歌は含意がそこにとどまらないところが手に負えない。手がかりは“如月の望月”というフレーズだ。如月とは旧暦の二月。望月は満月だから、太陰暦ではいわゆる“十五夜”だ。“ころ”という尻尾で若干霞をかけているが、西行は明確に「2月15日に死にたい」と言っている。
 2月15日が何の日かは、調べればすぐに分かる。読者諸氏の中には、調べるまでも無い方もいるだろう。この日は“涅槃会(ねはんえ)”。お釈迦様が亡くなった日だ。つまり西行は、「お釈迦様が亡くなった同じ日に、この自分も死にたい」と言っているのである。
 因みに、この事に気付いた折、僕は定理を悟ったピタゴラスみたいに跳び上がったものだ。裸で走り回ったりはしないが、得意満面、超ドヤ顔でインターネットで検索し、その事実がごく普通に解説されているのを見て、思わずディスプレイに飛び膝蹴りを喰らわしそうになった。まあ、それはいい。
 お釈迦様が亡くなったシーンは、いわゆる“涅槃図”でしばしば見かける。阿難(あなん)尊者が師の遺体にすがりついて慟哭し、その周りを多くの弟子や在家の信者が取り囲む。沙羅双樹(さらそうじゅ)が時ならぬ花を咲かせるのは『平家物語』の冒頭でもおなじみだろう。
 西行の歌は、このシーンから阿難尊者をはじめとする多くの人々をデリートし、沙羅双樹を満開の桜にチェンジする。その上で、己が憧れて止まないその人に、そっと自分を重ねようと試みる。
 この西行の試みは不遜だろうか。そうではあるまい。これほど素直にお釈迦様その人への、しかも一対一の憧憬をあらわした表現もないだろう。この歌からは、“悟りの境地”などという哲学的・抽象的ステージへの志向ではなく、一人格たるお釈迦様本人への、血の通った同化への憧れが読み取れる。その恋心にも似た思いが、彼をして相手に満開の桜を手向けさせたのだろう。これが不遜などであるはずがない。むしろこれ以上のリスペクトと愛情があるだろうか。

 良寛は、人生への名残と死のポジティブな受容を、西行は、月明のもとで一人の男の命が穏やかに尽きようとする簡浄な情景と、釈迦牟尼への血の通った敬愛を、それぞれ桜で結びつけている。この表現、すでに人智の及ぶところではない。極めてプライベートな心情の表出でありながら、同時にあらゆる時空を超えてしまっている。天神様には申し訳ないが、この二人の坊主どもの表現は、もうターミナルとしか言いようがない。プロセスの要素など、もはやカケラも残っていない。桜だけは、それを見てものを考える必要がもう数百年前に消えてしまっている。僕が言ったのは、そういう事だ。

日本人の面目:テンション5割増し

 10年程前だっただろうか。ふとしたきっかけで知り合ったある外国人女性から質問されたことがある。
 「日本人は、どうして桜が咲くとあんなに嬉しいんですか? どうして花が咲いたっていうだけで、みんなでパーティーをしますか?」
 訊かれた僕は随分と往生した。文学部の出身として、また文士の端っくれとして(当時はまだ三文文士にすらなれていなかったが)、例えば西行や良寛、あるいは兼好を引き合いに出し、さらには武士道的美学で味付けすれば、語るべき言葉などいくらでもある。が、それは目の前の美女の魅力を(その質問をした方も、恐ろしいくらいの美人だった)ロジックで説明するのと同じくらい野暮で愚かな所業だろう。桜は論理ではない。感性だ。そのセンスを表現できなければ、伝えたことにはなるまい。
 「何しろ桜が咲くんだぜ。嬉しくないワケないじゃないか!」
 彼女の鳶色の瞳に無数の“?”が浮かんだのは言うまでもない。しかし、僕はこれが日本人の感性を伝えるものとして、最も的確な言い方だと信じる。もちろん、もっと洗練された言葉遣いや表現はいくらでもあるだろうが。
 我々信州人の定義の一つに、「海を見ると、無条件にテンション5割増しになる奴ら」というのがあるが、日本人をこう定義するのはどうだろう。
 “何千年も前から桜が咲くのを見て、無条件にテンション5割増しになり続けてきた、無邪気でお人よしな連中”
 外国人に自分の文化を説明する場合、これは案外的確な表現かもしれない。

Let’s お花見!

 城跡などの桜の名所で、めいめいが敷物を広げ、あちこちから呑めや歌えの騒ぎが聞こえてくるのは何とも楽しい。温泉宿の無礼講を、そのまま引きずり出してきたようなデタラメでカオスな感じが、かえって味わいがある。ずらりと並んだ屋台の兄さんも、いつもより粋だ。夜は夜で、意外な肌寒さに襟をかき合わせながら、ぼんぼりの灯りを頼りにおでんをつつき、熱燗をすする。良きかな。日本人に生まれた喜びが、ここに凝縮している。

 しかし、僕が本当に好きな花見は、少し趣が異なる。
 家族にも友人にも明かしていない秘密の場所に、さほど大きくはないが、一本の古びた桜がある。山の尾根であり、南側は開けているので、山々や月もよく見える。もっとも、桜の時期は信州でも曇ることが多く、明月はあまり期待できない。日が落ちてからそこへ一人で向かい、桜の下、おぼろな月影に浮かぶ山々を眺めながら、濁り酒を含む。一年で最も贅沢な時間だ。結婚し、子供が出来てからは、なかなかその贅沢が出来ないが。
 読者諸氏の多くは恐らく都市部に住んでおられようから、このように言うと殊更(ことさら)風流を衒(てら)っているように聞こえるかもしれない。実は僕も、若干そんな気がしないでもない。が、地方人丸出しのこの花見の醍醐味は、別のところにあったりする。
 いつだったか、そのようにして僕が桜の下で徳利を傾けようとしていた折、全く同じ目的でやってきた方がいた。互いに驚いた目を向けあったものだ。その方にとっても、そこは秘密で特別の場所だったのだろう。
 「…こんばんは」
 怪しい者ではない、というくらいのつもりで徳利を掲げてみせると、その方の顔に笑みが浮かんだ。当時20代だった僕より十は上に見えた。
 「こんばんは」
 そう言って、ジャケットのポケットからウィスキーの小瓶を取り出し、目の横で小さく振る。そのわずかな所作は、随分と垢抜けて見えた。
 「…失礼して、いいかな」
 「もちろん」
 その方は僕から少し離れた場所にクッションを置き、腰を下ろした。眼下の夜景が、少しだけ浮き上がって見えた。
 僕は徳利の濁り酒を蕎麦猪口に傾け、その方はウィスキーの小瓶に直(じか)に唇をあてる。互いにほとんど言葉を交わさなかったが、あれほど静かで充実した時間は、それ以来ついぞ持ったことは無い。

極意伝授

 読者諸氏に、花見を味わう極意の一つを提案申し上げたい。自分だけの“その一本”を持ってみてはいかがだろうか。
 別に、他の桜の木々から離れた一本である必要はない。ありふれた桜並木や、公園の中の一本で構わない。その桜との関係は、出来れば秘密にするべきだ。誰にも言わない方がいい。
 そうした、誰からも介入されることの無いプライベートな桜との関係は、あなたの人生の熱量を少しだけ上げてくれるに違いない。その一本を通して、どれほど春が待ち遠しくなることか。そして、そうした季節への豊かな感受性は、あなたに様々な発見をさせてくれるだろう。
その発見の先に見えてくるもの。それは、あなたにとってかけがえのない宝物となるはずだ。

これ以上は言うまい。僕はそこまで無粋な男ではない。無論、親切な男ではなおさらない。
あとは、お試しあれ。

INTRODUCTION of THE WRITER

山家衛艮
name. 山家衛艮
長野県上田市出身。明治大学文学部卒。予備校講師、カイロプラクター、派遣会社の営業担当等を経て、国語科予備校講師として復帰。三児の父。居合道五段(夢想神伝流)。これまで小説・エッセイ等で16のコンテストで受賞経験あり。2016年、信州真田郷:「延喜式内 山家神社」の衛士(宮侍)を拝命。WEBサイト「夢を叶える145」にも記事を掲載中。右利き。

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