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戦場が彼を変えた〜帰還した退役兵の心に残る傷

写真とは目の前にある対象物を写し取るものである。基本的には目に見えないものは写らないものだ。しかし、まるで目には見えないはずの人の心が写っている写真がある。そうとしか言いようがないくらいこの写真たちは被写体である人物の心を私たちに伝えてくれる。

映し出された心の傷

戦争の残酷さやむごたらしさを写し出した写真と聞いたらどんなものを思い浮かべるだろう。銃や大砲を構える戦士たち、破壊された街並み、負傷した民間人や子供たち、被弾する戦車や戦闘機など、恐らくそういったものを思い浮かべることが殆どだろう。

しかし2012年のピュリツァー賞特集写真部門を受賞したクレイグ・F・ウォーカー氏の一連の写真たちはそのように目で見てすぐに認識出来るわかりやすい戦争の惨たらしさを写し出してはいない。彼が写しだしたのは戦争で心が酷く打ちのめされた、心が壊れてしまった退役軍人の青年だ。

スコット・オストラム氏。イラク戦争に参戦し名誉除隊した退役軍人の彼はこの撮影当時27歳。肉体的には比較的大きなダメージを受けず戦場から帰還したが、その心は失われてしまった。

不意に襲うパニック

帰還後極度のPTSD=Post Traumatic Stress Disorder、心的外傷後ストレス障害に苦しむオストラム氏。戦地に赴く前のオストラム氏の面影はもうどこにもない。場所や状況を選ばず突然襲い掛かるパニック。自分でも何がきっかけになるのか全くわからないが急に蘇る戦地での記憶。思い出すというレベルのものではなく感触や匂い、そのときの気温や天気までまさにその場に舞い戻ったかのように感じ、どうしていいかわからなくなる。現実と区別がつかなくなり混乱を極める。

絶え間ない自殺衝動

オストラム氏の手首や首には大きな傷跡がある。この傷は戦地でできたものではなく自殺未遂によってのものだ。自分と同じような精神の症状に苦しんでいる軍人は皆心の中で自殺の計画が出来ているはずだと彼は言う。
戦地では敵が現れたからといって逃げるという選択肢はない。それと同じで軍人精神が染み付いている彼らは自身の心の中の消えることのない敵を消すために次は自分自身を殺すのだと。
繰り返し襲ってくるその衝動がいつ彼の命を奪い去ってもおかしくない状況だ。

その声は届かない

彼と同じく戦争から帰還後PTSDを患うある退役軍人の妻は、夫は別人になってしまったという。以前の夫と同じ人とは思えないと。
以前はあんなに家族思いで優しかった夫が急に烈火のごとく怒り出したり、叫んだり暴れたり、暴力を振るったりするようになり、さらには周りに、家族にも無関心になる。どんなに妻や友人が心配して力になろうとしてもその声は全く届かないと。
その状況に傷付いた周りの人間が一人、二人と去っていく。
そうしてまた彼らは心を閉ざし、さらに悪循環へとはまり込んでいく。

時が経てば

時が過ぎれば、時が経てば、時間が忘れさせてくれる、時が癒してくれる。
皆そういうから、だからそれを待っているんだ。

そう言うオストラム氏は声を震わせて戦地での最悪の日のことを語る。
ある時現れた新しい仲間で、すごく友達になれそうだと思った人がいた。その日その彼が助手席に乗っていたハンヴィーは大きな爆発にあい、彼は閉じ込められ、叫びながら燃えていくのをオストラム氏は何も出来ずに見ていたという。彼の名前も知らないままだった。友達になることは永遠に出来ずに彼を失ったと。

時が彼を癒やしてくれることはあるのだろうか。
今でも目の前で友達になるはずだった仲間が燃えていくその光景がオストラム氏には見えているというのに。

彼が大きく傷ついた部分は心だった。心は他人がその姿を見ることはできない。
例えばもし手や脚を失うなどの外的損傷の場合、外見的にはその傷は誰の目にも明らかである場合が殆どである。義手や義足、リハビリなどで回復、また機能を取り戻すことはあるかもしれないが全く元通りの状態を、失ったものを取り戻すことは決してない。誰も時が経てば、とは言わないだろう。

では心は?

オストラム氏は心に大きな傷を負った。それは心の手脚を失う、もしくは心そのものを失うような深いものだった。しかもその傷は大量の血を流し続けたまま、傷を負った当時のまま応急処置すらされずにいる。

これがもし身体の傷だったら、すぐさま処置がなされているだろう。時が癒やしてくれる、と出血多量になりそうな傷の前で発言する者はいないはずだ。とりあえず血を止める処置をし、医師の手に委ねるだろう。

彼の傷は他人の目に見えない。
痛みは、苦しみは他人に伝わらない。
ただ、時が癒やしてくれると意味の無い慰めを繰り返されるだけだ。

愛犬とのひととき

夢を見るから横にはなるけど眠らないというオストラム氏。
眠りすらも彼を癒してはくれず、また訪れてもくれないようだ。

オストラム氏は愛犬のジビーを抱きしめて憩う。
ジビーが彼にとっての安らぎのようだ。
ジビーはただそこに居てくれる。何も言わずにそばにいてくれる。

言葉は通じないが、ジビーは敏感にオストラム氏の心の状態を感じ取っているのだろう。そして彼の辛いときにはそっと寄り添って温もりを与える。
ジビーはオストラム氏の救いであるようだ。

哀しすぎる写真達

人の目にこそ見えないが、戦争によって大きな傷を負い、全くそれが癒えないまま血を流し続けているオストラム氏の心を写しだしたクレイグ・F・ウォーカー氏の一連の写真。
身体的な傷は人の目にもわかりやすくその痛みや辛さを想像することはさほど難しいことではない。
しかし心に受けた傷は目に見えないだけに周りが感じ取る事が難しい時もある。その痛みを充分に理解することができない時もある。その無理解が更に彼らを追い詰めていくことになる時もある。

その見えない傷をこうまでも見事に写しだしたものは他にはないだろう。
これらの写真を見ているとオストラム氏の苦しみがわからないなどとは口にできない。胸が潰れそうになるほどに彼が苦しみ助けを求めていることを感じ取る事ができる。

戦争がもたらしたものは何だったのか。
オストラム氏を、この屈強な青年をここまで打ちのめしたものは何だったのか。
考えずにはいられないはずだ。

オストラム氏は言う。
正しい戦争なんてニ度と信じない、と。

彼に安らかな眠りと優しい夢が訪れる日が来ますように。
その心が柔らかく包まれて少しでも痛みを感じることがなくなりますように。

暖かい陽の光を、空の青さを、希望を感じることができる日が来ますように。

こんな哀しい写真の日々は過去のものとなりますように。

ただ願ってやまない。

INTRODUCTION of THE WRITER

紫水晶
name. 紫水晶

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