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心をこめた贈答品としてもおすすめ! 日本伝統の最高級干菓子5選

日本の菓子は、江戸時代に大きく発展したといわれています。日本の三大銘菓を呼ばれる干菓子なども、その頃誕生しています。現在でも口にすることができる、古くから愛されている、伝統の干菓子をご紹介します。

干菓子とは・日本における菓子の歴史

文字通り乾いた菓子をさす干菓子。ひとことで言ってもその種類は多彩で、落雁などの打物、せんべい、おこし、有平糖までさまざまです。

菓子は分類方法が多く、定義付けが難しいといわれていますが、一般的には、菓子に含まれる水分量で分類されます。干菓子の定義としては、菓子に含まれる水分が20%以下のもの。水分が30%以上のものを生菓子、干菓子と生菓子の間のものは半生菓子となります。

菓子に使われる砂糖は高級品であったため、古来、貴族などしか口にできないものでした。江戸時代に参勤交代が始まり、諸国大名が江戸と自国を行き来するようになると、菓子を含めたさまざまなものが日本各地に広まっていきました。

日本三大銘菓と呼ばれる、森八の「長生殿」、越乃雪本舗大和屋「越乃雪」、彩雲堂「山川」が誕生したのも、安土桃山時代から江戸時代です。

・森八「長生殿」

北陸産のもち米と四国産の和三盆で作られている「長生殿」は、加賀藩三代藩主、前田利常公の命により作られました。小堀政一(遠州)が名付け、菓子表面に篆書で書かれた菓子名も小堀政一(遠州)によるものといわれています。菓子屋を創業した寛永二(1625)年より、金沢の歴史文化を伝え続けている菓子です。

・越乃雪本舗大和屋「越乃雪」

安政七(1778)年、長岡藩九代藩主・牧野忠精公が、比類なき銘菓! と喜び、名を賜った「越乃雪」。その後文化六(1809)年には、藩の御用菓子として認められています。越後のもち米と四国の和三盆で作られた「越乃雪」は、やさしい甘さと雪のように淡い口溶けを持ち、現在も茶席で用いられることが多い菓子です。

・彩雲堂「山川」

松江にある多くの菓子店で作られている「山川」は、茶人としても知られる、松江藩の七代目藩主、松平治郷公(不昧公)が命名したものです。紅白、対になっている菓子は、割った際の凹凸が山と川のようだ、ということから名がついたともいわれています。幕末まで出雲藩の御留菓子とされていました。

・諸江屋「落雁」

江戸時代、嘉永二(1849)年に創業した金沢の「諸江屋」は、「方丈菓子」や「花うさぎ」「加賀宝生」など、歴史と伝統文化が込められた落雁を作り続けています。菓子を接する時間を大切にしたい、季節を感じながら食べられる和菓子を、というこだわりを持って作られている和菓子には、菓子職人の想いもこめられています。

・とらや「和三盆糖製 京の山」

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創業が室町時代後期という老舗、とらやの、京都のみで販売されている干菓子です。和三盆糖を使用した紅白菓子は、日本人に馴染み深い「春の桜」と「秋の紅葉」。同じく京都のみで販売されている「京の香」は、きのこや栗、筍、瓢箪を形どっており、それぞれの特徴を表す色合いも美しい、愛らしい干菓子です。「京の山」の初出年代は昭和十三(1938)年、「京の香」の初出年代は昭和二九(1954)年と、どちらも長年愛されています。

伝統の味を楽しみながら豊かな時間を

日本伝統の最高級干菓子、いかがでしたでしょうか。伝統があり日持ちもする干菓子は、心をこめた贈り物としても最適です。金沢出身の方に「長生殿」など、縁ある方に贈ると喜ばれるかも知れません。
また、菓子には、人の心をほっとさせる作用があるといわれています。おいしいお茶とともに伝統の菓子を味わい、ゆったりした時間を過ごしてみてはいかがでしょう。

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Kinako
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