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幸福な王子の反逆 -プリンスの死によせて-

2016年4月21日。プリンスが死んだ。享年57歳。天才の称号を欲しいままにしてきた彼は自分のほぼすべての楽器を自分で演奏していたマルチ・ミュージシャンでもあった。 作詞・作曲・編曲・演奏・プロデュース全てを行い、数多くの名曲を残した稀代の天才音楽家の活動を改めて見直すため、プリンスについて再度考えたい。

プリンス・イズ・デッド

雑誌「ザ・ニューヨーカー」はプリンスの死去の来週販売する表紙を、プリンスのアルバム「紫の雨(Purple Rain)」をモチーフにデザインを行った。

2016年4月21日、プリンスが死んだ。
私は非常にびっくりした。それはプリンスは死なないと思っていたからだ。当然だけれどもプリンスは人間である。人間なのでいつか死が訪れる。
強い衝撃を受けた私はプリンスの死について、少しだけ検索をしていた。実はプリンスは薬物を使用していたそうだ。プリンスの音楽を聴いていた私はさらなる衝撃を受けた。私には、彼の音楽からドラッグ(薬物依存)の傾向は感じられなかったからだ。
私は単なるプリンス信者でしかなかったのだろうか。プリンスの真実とはどこにあるのだろうか。
一人の音楽ファンとして悲しみに暮れていた私は、もう一度プリンスの曲を聞き始めた。
何度かYoutube上にアップされているプリンスの曲を繰り返し聞くうちに、私が何故、プリンスの音楽を愛していたのか、記憶が蘇ってきた。
そこで、今回はプリンスについて考えてみたい。
プリンスとはどのような音楽家だったのだろうか。

プリンス

『戦慄の貴公子(Controversy)』のジャケットのプリンス。

プリンス(PRINCE)はアメリカ出身のミュージシャンである。本名をプリンス・ロジャー・ネルソン(Prince Rogers Nelson)。1958年6月7日にミネソタ州ミネアポリスに生まれた。
両親ともジャズ・ミュージシャンであり、黒人だった。
父親のジョン・L・ネルソンは1960年代後半までプリンス・ロジャーという芸名でプリンス・ロジャー・トリオというバンドを組んでいたことから、自分の息子にプリンスと名付けた。
両親はプリンスが子供の頃離婚をしている。ジュニアハイスクール時代にバンドを結成したプリンスは「94EAST」というバンドにも参加をしており、音源が残っている。
そしてプリンスはシンセサイザーを主体にしたファンクミュージック(ミネアポリス・サウンド)のムーブメントの中心的存在として注目されることになった。
1977年、ワーナーブラザーズと契約をした当時、プリンスは19歳だった。この時に異例の高額な契約金とセルフ・プロデュースの権利を同時に獲得をしていた。
その後、精力的に音楽活動をしていたプリンスはマイケル・ジャクソンとマドンナと並ぶ時代を代表するポップスターとして知られるようになる。
しかしその音楽性は、メジャーシーンの中でも異端であり唯一無二の存在感を齎していた。

総アルバム数44枚。1977年に19歳でメジャーデビューして以来2016年までの38年間の間、ほぼ一年に一枚のペースでアルバムを発表し続けた。その楽曲は発表のペースに左右されない独創的でありながら唯一無二のものであり、高いクオリティを誇っていた。

その楽曲の中で、プリンスの偉大さを説明・証明できるかもしれないアルバムと楽曲を紹介したい。

『1999』

『1999』

『1999』は1982年に発表されたメジャー通算5枚目のアルバムである。
当時プリンスはバックバンドに「ザ・レヴォリューション」と名付けていた。その為アーティスト名義も「プリンス」単体名義から「プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション」名義に変更している。
この「ザ・レヴォリューション」との活動は1986年まで続くことになる。
『1999』の楽曲には明らかにプリンスの「売れたい」気持ちが籠っている。この作品以前の『Dirty Mind』はデモテープのようなシンプルな骨格と少ない音とリズムのみで、ポップミュージックとしてのラジカリズムを成り立たせた傑作であった。
『Dirty Mind』はプリンスがフェイクではなく、本物のミュージシャンであることを多くの人に知らしめた作品だった。そのプリンスが完全に売れることを考えて作成されたのが『1999』だった。
タイトル曲の『1999』の歌詞「2000年のパーティーはもうおしまい」はミレニアムやメシアを求めようとする祈りではなく、時代の終わりを予感させる1999年こそ祝うことをうたっている。
けれども、死の予感溢れる歌詞とダンスによって死を逃れようとする自意識は明らかに時代に対する反逆であり挑戦だった。
音楽家としてのラジカルさとポップミュージックのクオリティによって、同時期のポップミュージックの最前線に躍り出ながら、自らを音楽のメシア(救世主)ではなく、死の予感を感じさせる悪魔として演じ切る才能、そしてダンスこそ死の恐れを退ける行為であることを伝えようとするオリジナリティな身体性を強調する『1999』はプリンスが単なるポップシーンのアイドルではなく、あくまでファンクミュージックという黒人音楽の伝道師であり、音楽という悪魔の使いであることを表現している。

『Sign Of The Times』

『Sign Of The Times』

「サイン・オブ・ザ・タイムス(Sign Of The Times)」は1986年に発表されたプリンスのメジャー通算8枚目のアルバムである。
このアルバムはザ・レヴォリューションを解散した後、たった一人で作り上げた。プリンスが持っている音楽性のラジカルさは失われないまま、ポップミュージック、つまり大衆に受け入れられるだけのクオリティを誇った、謎が多いアルバム。
やはり、一人で作ったとは誰も思わないであろう。
タイトル曲の『サイン・オブ・ザ・タイムス』は暴力や人間の欲望の過剰さを「時代の警鐘」と捉えている。
『サイン・オブ・ザ・タイムス』では特に詩に注目したい。物質的には豊かになった人間たちがさらに何故、月へ行こうとするのか?それよりも子供を産んで育てよう、というメッセージは未来を透視する力にあふれている。愛といった言葉ではなく、人間の生きる意味自体を「人間がなぜ生まれるか?」という純粋かつ根源的な疑問へと昇華・到達させている。
この「人間は何故生まれるのか?」という問いは、時や時代に左右されることのなく人間として生きたいという深い欲求がプリンスの音楽表現の根源にはあることが理解できるだろう。
PVは歌詞のみで構成されている。本当のことを伝えようとする意識の高さこそ、プリンスの本領発揮なのだ。
同アルバムは映像作品『サイン・オブ・ザ・タイムス』としても発表されており、現在でも高いクオリティを誇り、多くの人に愛されている。
ぜひとも、聞いてみてください。

『Emancipation』

『Emancipation』

1996年に発表された『Emancipation(イマンシペイション)』はプリンスの通算20枚目のアルバムである。
三枚組で構成されたこのアルバムが発表された時、プリンスがワーナーブラザーズとの契約がを終了した時でもあった。
「解放」と名付けられたアルバムは前作の『Chaos And Disorder(カオス・アンド・ディスオーダー)』のロックを基調とした混沌と無秩序によて支配されたアルバムとは打って変わり、プリンスによって完全にコントロールされた高いクオリティを誇るアルバムだった。
一曲目の「Jam Of The Year」からラストの「Emancipation」まで全くスキのなく、聴くものに一切のストレスを感じさせることのない素晴らしいアルバムである。
自由に音楽を作ることで、これだけのアルバムを作るのならばプリンスにはメジャー契約もインディー契約も一切関係がないだろう。お金のためでなく、ただ音楽を自由に作ることの喜びに満ちたアルバムである。
誰にでも一生に一度は聞いてほしい。自由であることや、生きること自体の喜びが感じさせてくれるアルバムだから。

幸福な王子の反逆

『幸福な王子-ワイルド童話全集-』(新潮文庫)オスカー・ワイルド/西村孝次訳

19世紀末のヨーロッパを生きた小説家、オスカー・ワイルドの作品に『幸福な王子』というタイトルの童話がある。
『幸福な王子』は自分の装飾を全て失われても、幸福のまま死んでいく王子の姿が描かれている。その王子の本当の気持ちを知っているのは、王子と話をするツバメだけだった。
博愛と自己犠牲の精神を失わなかった王子は、最後には宝石も緊迫も剥がれたみすぼらしい姿になってしまっている。
王子の幸福は、宝石や金箔の過剰な装飾によって成り立つのではなく、ただ博愛の気持ちだけだった。自分の博愛を多くの人に伝えようとするツバメの死を知った王子の鉛の心臓は二つに割れてしまうが、その心だけは最後まで失われることがなかった。
天使によって、神に献上された王子の鉛の心臓と死んだツバメは神に天使に対する褒美になった。

しかし、幸福な王子の真実は神にさえも評価されることはなかったのだ。幸福な王子の褒美は、貧しさ故、不幸になってしまった人たちを自分の装飾によって助けることが出来たことであった。
けれども幸福な王子は、何故自分の餓えを癒そうとしなかったのか。ツバメの姿を見て、王子は自分が目の前で苦しんでいたツバメ一匹さえ助けることが出来ない人間であることを知った。

お金や欲望ではどうしようもなく埋められない、自愛の心こそ大事なことなのだ。その自分を愛することを肯定する力こそ、幸福な王子(PRINCE)の反逆だったのだ。

プリンスの音楽は、お金や物質的欲求では決して充たされない、ただ自分の存在を愛し、多くの人に知って欲しいという強い愛情であるとともに、だれもが抱えている自分を知って欲しい、愛して欲しいという人間の持つ本質的な心の孤独と欲求によって成り立っている。

人間が生きている限り、プリンスの音楽が失われることはないだろう。彼の音楽こそ『黄金の心(Golden Heart)』を人の心に齎すから。

INTRODUCTION of THE WRITER

家出猫町
name. 家出猫町
家出をして猫町に住みたい。

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