HOLISTIC STYLE BOOK 富裕層向けメディアサイト

ラグジュアリーロックの旗手! サンローラン(SAINT LAURENT)の世界観を徹底解析!

ラグジュアリーでロックなstyleを定着させたブランドといえばサンローランを思い浮かべる方も多いかと思います。現在サンローランを率いるアンソニー・ヴァカレロが作り上げるラグジュアリーでロックな魅惑の世界観。カリスマデザイナーである、エディ・スリマンからバトンを引き継ぎ、想像を絶するプレッシャーの中、圧倒的な存在感を見せ付けたアンソニー・ヴァカレロのサンローランルック。最早サンローランのお家芸とも言われるバイカーズジャケットやデニムも押さえ、よりソリッドでモードなアンソニー・ヴァカレロ色が漂う新生サンローラン。今回はラグジュアリーロックstyleの立役者サンローランを徹底解析いたします。

サンローラン(LaurentSaint)2017-18秋冬も極上のラグジュアリーロック

アンソニー・ヴァカレロが率いる新生サンローラン

2017-18年秋冬もロックラグジュアリーstyleを貫いたサンローラン。デザイナーはアンソニー・ヴァカレロ。1982年生まれの若き鬼才が牽引するサンローラン。

サンローランの現在のstyleや世界観を確立した人物はファッショニスタやセレブレティーにはお馴染みのエディ・スリマン。

世界中のセレブレティーを虜にし熱狂の渦へといざなったエディ・スリマンの作り上げるラグジュアリーロックなサンローランの世界。

グラマラスでセクシー、そしてリュクスなロックstyleはメンズファッションのあり方までも変えました。

エディスリマンの得意なタイト過ぎるスキニーパンツにバイカーズジャケット。ディオールオムを手がけていた時以上にソリッドでロック色の強くなったサンローランのルックは世界中のセレブを夢中にさせました。

サンローランのダブルライダースはセレブレティーのコスチュームと言わんばかりに幅広い年代の富裕層に愛されました。

ダブルライダースムーブメントの火付け役は間違いなくエディが作り上げたサンローランの影響であり、富裕層がダブルライダースをこぞって愛用し始めた要因もサンローランです。

エディ・スリマン=サンローランのイメージが確立し、浸透していた中、2016年4月1日惜しまれつつエディはサンローランを去ります。兼ねてよりエディ・スリマン退任の噂は囁かれていましたが、現実を突きつけられると、流石に喪失感は拭いきれません。

エディ無きサンローランを想像できなかったサンローランのカスタマーや富裕層は大勢いたはずです。エディの後にサンローランを牽引するという大仕事を請け負った人物がアンソニー・ヴァカレロです。

前衛的な若きデザイナーだからこそ担うことができた偉大なデザイナーの後任。エディが作り上げるサンローランしか認めないというアウェイな向かい風が少なからずある中、堂々と作り上げた新生サンローラン。エディが確立したラグジュアリーなロックstyleのエッセンスは残し、完全なるヴァカレロ色のサンローランは色眼鏡越しの富裕層に衝撃を与えました。

天才デザイナーであるエディが作り上げたサンローランを完全に自分色に染め昇華させたアンソニー・ヴァカレロとはどんな人物なのでしょうか?

サンローラン(LaurentSaint)のアンソニー・ヴァカレロとは?

ラグジュアリーモードを作り上げる若き鬼才に迫る

アンソニー・ヴァカレロはサンローランのデザイナーとして必ず後世に語り継がれる人物の一人です。エディ・スリマン、トム・フォードと時代を作ってきたデザイナーがクリエイティブディレクターを務めた事のある老舗ブランドのサンローラン。

トムフォードがグラマラスでエレガントなイヴ・サンローラン・リヴゴーシュをローンチし、エディ・スリマンがラグジュアリーロックstyleで現在のサンローラン像を確立。

2大巨匠であり、時代の寵児であるカリスマデザイナーと肩を並べるであろう堂々としたサンローランを放ったアンソニー・ヴァカレロ。

アンソニーヴァカレロは1982年ベルギーのブリュッセルで生まれます。両親共にイタリア人。国立ラ・カンブル視覚芸術高等専門学校卒業します。

幼年期に見たヴェルサーチのコレクションに衝撃を受け、今の自分のファッションに対するアイデンティティのベースを作ったとインタビューで語っています

専門学校を卒業したヴァカレロですが、専攻は彫刻。そして専門学校に入学する以前は法律を学んでいたといいます。つまり最初からファッション業界で生きていこうと決めていたわけではないようです。

アンソニー・ヴァカレロがファッション業界で生きていくきっかけとなるのは、2006年に行われたファッションコンテストでの優勝。

コンテストでの優勝により、ファッション業界の巨匠、カールラガーフェルドの目に留まります。カールラガーフェルド率いるフェンディへ入社することでヴァカレロのキャリアがスタートします。

フェンディでの経験を糧に2008年に活動の場所をパリに移し、自身の名前を冠したブランドアンソニー・ヴァカレロを発表します。

2011年のパリのファッションウイークでデビューを果たしたアンソニー・ヴァカレロは2013年には憧れの存在であった、ベルサス・ベルサーチとコラボレーションを果たします。

そして2015年にはベルサス・ベルサーチのクリエイティブディレクターとしてベルサーチを牽引します。

抜きんでた才能でビッグメゾンから寵愛された若き鬼才が作り上げるサンローラン。2017-18年秋冬で2シーズン目を迎え、さらにアンソニー・ヴァカレロ色が前面に押し出せれたサンローラン。ミンクを使ったグラマラスでラグジュアリーなジージャンやリュクスなファーをあしらったボマージャケット等グラマラスでロックなプロダクツは健在です。

ノーブルでロック、そしてグラマラスなロックstyleのリアルクローズをレコメンドするアンソニー・ヴァカレロがつくる新生サンローラン。エディサンローラン以上に色っぽく感じるファッショニスタやセレブも多いとの事です。

サンローラン(LaurentSaint)の歴史は?

”モードの帝王”イヴ・サンローランが立ち上げたクチュールメゾン

イヴ・サンローランのスタートは1962年に設立されたクチュールメゾンです。創立者はデザイナーのイヴサンローランと恋人のピエール・ベルジェ。

モードの帝王やニューモードの旗手とも称されたイヴ・サンローランがプレタプルテラインをスタートさせるのが1966年。

イヴ・サンローラン・リヴゴーシュがスタートします。リヴゴーシュとはプレタポルテラインの事を意味します。

つまりトムフォードからエディスリマンそして現在デザイナーをアンソニー・ヴァカレロがクリエイティブディレクターを務めるラインは本来はイヴ・サンロラン・リヴゴーシュに該当します。

ファッション界そしてモード界を牽引した天才デザイナーであるイヴ・サンローラン。イヴ・サンローランは17歳の時にクチュールをメインとしたデザイン学校に入学します。入学当初よりイヴ・サンローランの才能は他の生徒とは一線を画していたといいます。

その結果IWS主催のデザインコンクールにてドレス部門で見事、最優秀賞に輝きます。このときの審査員だったVOGUEのディレクター、ミッシェル・デブリュノフはイヴ・サンローランの才能と限りない可能性を瞬時に見抜きます。

ミッシェル・デブリュノフは若き、イヴ・サンローランに友人であるデザイナーのクリスチャン・ディオールを紹介。この運命的な出会いにより、イヴ・サンローランのキャリアはスタートします。

1954年にクリスチャンディオールへ入社を果たしたイヴ・サンローランは突然死したディオールの遺志を継ぐべくして、1957年に21歳の若さでクリスチャンディオールの後任デザイナーとなります。

無名の新人デザイナーがビッグブランドの舵取りを任せられるのは当時でも異例中の異例でした。想像を絶するプレッシャーの中、イヴ・サンローランはディオール亡き後のクリスチャンディオールを支えました。

1960年にイヴ・サンローランはクリスチャンディオールを去ります。理由は徴兵です。イヴ・サンローランも時代に翻弄されたデザイナーの一人でした。徴兵はイヴ・サンローランにとってはかなりのストレスで精神衰弱を煩い精神病院に収容されていたようです。

サンローランのクチュールメゾンオープンはリハビリの意味合いも含まれていたのかもしれません。

1962年にクチュールメゾンをオープン、1999年以降は引退する2002年までイヴ・サンローランはオートクチュールのみのデザインに専念してきました。

数々の傑作とファッション業界やセレブレティーを驚愕させ続けてきたイヴ・サンローラン。イヴ・サンローランのドレスは”ジェット族”と呼ばれる今のジェットセッターやヤングセレブレティーのご用達ブランドだったそうです。

時代を駆け抜けた天才デザイナーであるイヴ・サンローランはデザイナー引退6年後の2008年に71歳でこの世を去ります。

サンローラン(LaurentSaint)の人気を不動したカリスマ

トム・フォード

2001年からイヴ・サンローラン・リヴゴーシュをファッショニスタご用達ブランドに昇華させた人物こそが、トム・フォードです。イヴ・サンローランがグッチの傘下になり当時グッチのクリエイティブディレクターのトムフォードがイヴ・サンローランリヴゴーシュのデザイナーに指名されます。

グッチを見事建て直したトムフォードはまさに時の人。トム・フォードイヤーとも呼ばれる2000年代初頭。最も輝いており、最も影響のあるデザイナーであるトム・フォードはリヴゴーシュのランウェイによるショーをパリで初めて行ったデザイナーとしても知られています。

それまでリヴゴーシュのランウェイによるショーが行われていなかったことも少し不思議に感じます。

飛ぶ鳥落とすトムフォードが手がけるイヴ・サンローラン・リヴゴーシュはヤングセレブレティーから火がつき当然の如く大ヒットを記録します。

クラシカルな老舗ブランドのイメージをいい意味で裏切ったトム・フォード・リヴゴーシュ。サンローランのロゴマークである”カサンドラ”マークが裏地に入ったグラマラスなスーツやバイカーズジャケットはセクシーでリュクス。カサンドラマークをファッショニスタに浸透させた立役者がトムフォードでもあります。

トム・フォードがイヴ・サンローラン・リヴゴーシュのデザイナーを務めたのは2001年から2003年と僅か。

しかしトムフォードが作り上げたゴージャスでセクシーなイヴ・サンローラン・リヴゴーシュは世界中のセレブレティーを魅了しました。

自身のブランドのトムフォードのお家芸とでも言うべきグラマラスでセクシーなタキシードはトム・フォード・サンローラン時代から富裕層の間では高評価を得ていました。

フランスブランドであるイヴ・サンローラン・リヴゴーシュにグラマラスなイタリアの香りをプラスしたリュクスなトムフォードデザインのサンローランのファンは今だの富裕層には多いようです。

エディ・スリマン

サンローランといえば間違いなくエディ・スリマンの顔が浮かびます。サンローランの現在のstyleや世界観を構築し確立、そして世界的にセレブ御用達ブランドとして再認識させた人物が間違いなくエディ・スリマンです。

老舗ブランドの建て直しには欠かせない人物であるエディ・スリマン。特に老舗ブランドのプレタポルテによるメンズラインは確実に大ヒットに導く天才です。

ハイブランドのバックボーンへのリスペクトを込めたゼロからつくり上げるスタンスは些か不安になるほどの潔さを感じます。

イヴ・サンローラン・リヴゴーシュというブランド名をサンローランに改めるという衝撃過ぎる改革から始まったエディ・スリマン・サンローラン。老舗ブランドの再構築ではなく新たなブランドのローンチにも近いスタンスです。

エディ・スリマンはファッショニスタやエディファンにとってはお馴染みかと思いますが、サンローランのデザイナーを務めるのは2回目です。

@saintlaurentfanaticがシェアした投稿 -

エディ・スリマンの最初のサンローランのデザイナー就任は1997年です。つまり、トム・フォードがイヴ・サンローラン・リヴゴーシュのクリエイティブディレクターに指名される前のことです。

イヴ・サンローラン・リヴゴーシュ・オムのアーティスティック・ディレクターに指名されたエディ。当時は無名に近い存在でした。しかし当時より、エディの優れたセンスはズバ抜けており、翌年にはサンローランのデニムラインのアーティスティック・ディレクターも務め上げます。

その後のエディスリマンの活躍はファッショニスタやヤングセレブレティーはご周知の通り。ディオール・オムでメンズファッション界にセンセーショナルを巻き起こしました。

@saintlaurentfanaticがシェアした投稿 -

2012年古巣にカムバックしたエディ・スリマン。そしてファッション業界から距離をとっていた、エディのデザイナーとしての復帰が老舗サンローランの建て直しでした。

物議を醸し出したブランド名の変更そしてサンローランを象徴するカサンドラマークの廃止等センセーショナルは話題からスタートした、エディ・スリマンサンローラン。

トムフォードの作り上げたサンローランとは真逆のスタンスのサンローランを確立。サンローラン在籍は約4年とそれほど長くないエディ・スリマンですが、新鮮で強烈なサンローラン像を富裕層やファッショニスタに焼きつけ、有終の美を飾りました。

ラグジュアリーロックstyleをサンローランのstyleと確立させたのは間違いなくエディ・スリマンです。

サンローランカムバック時の条件がバイカーズジャケットのリリースだったというのもエディ・スリマンらしい話です。

サンローラン(LaurentSaint)というビッグメゾンを担う若き鬼才

世界が注目するラグジュアリーロックを提唱するブランドと真っ向勝負

エディ・サンローランの作り上げた強烈なインパクトはファッション界を大きく揺さぶりました。メンズファッションはある意味サンローランstyleに右向け右の状態。

そこまでエディ・スリマンのつくり上げたサンローランの衝撃は大きなものでした。アンソニー・ヴァカレロが作り上げたサンローランはグラマラスロックの流れを汲んだサンローランです。

トム・フォードが建て直したグラマラスでゴージャスなイヴ・サンローラン・リヴゴーシュとは全くの別物です。

しかし、エディ・スリマンが作り上げたサンローランの延長戦上にあるのかといえばコレも違います。確かに、グラマラスロックのstyleは継続したコレクションを2回披露したヴァカレロですが、エディサンローランの対するオマージュではなく、完全にオリジナル、ヴァカレロの作り上げたグラマラスロックstyleです。

エディ・スリマンの作り上げたサンローランのエッセンスよりもアンソニー・ヴァカレロ自身が持っていたグラマラスでセクシーなセンスがふんだんに散りばめられたサンローランはナイーブなボーイズライクなサンローランよりも、さらにロマンチックなグラマラスなロックstyleをレコメンドしています。

ライダースジャケットやデニムジャケット、そしてタイトなデニムは勿論ヴァカレロ・サンローランでも健在。

しかし全てアンソニー・ヴァカレロのフィルターを通してリリースされている新たなプロダクツです。

世界が注目するビッグメゾンを担う若き鬼才はそのクリエイティビティで恐ろしいほどの重圧をいとも簡単に跳ね除けているようにも窺えます。

そもそも前任デザイナーと比べることが野暮な世界のファッション業界。はっきりと分かる事はアンソニー・ヴァカレロが生み出すサンローランがセレブレティー既に虜にしている事実だけです。

更なる飛躍が期待される若き鬼才アンソニー・ヴァカレロのサンローランの動きに世界中が刮目しています。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

RELATED

ラグジュアリーでロックなstyleを定着させたブランドといえばサンローランを思い浮かべる方も多いかと思います。現在サンローランを率いるアンソニー・ヴァカレロが作り上げるラグジュアリーでロックな魅惑の世界観。カリスマデザイナーである、エディ・スリマンからバトンを引き継ぎ、想像を絶するプレッシャーの中、圧倒的な存在感を見せ付けたアンソニー・ヴァカレロのサンローランルック。最早サンローランのお家芸とも言われるバイカーズジャケットやデニムも押さえ、よりソリッドでモードなアンソニー・ヴァカレロ色が漂う新生サンローラン。今回はラグジュアリーロックstyleの立役者サンローランを徹底解析いたします。