HOLISTIC STYLE BOOK 富裕層向けメディアサイト

ヨウジ・ヤマモト (Yohji Yamamoto) レジェンドブランドが掲げた、ファイティング・スピリッツ

80年代、川久保玲率いる、コムデギャルソン共に、日本のモード界を席巻したブランドのヨウジ・ヤマモト。世界中に多くのファンを抱えるカリスマブランドであり、前衛的な、日本のモードブランドを世界に知らしめた、レジェンドブランドです。カラス族と呼ばれる、黒ずくめのファッションを定着させ、当時フランスモード界では、嫌煙されていた、黒を、モードの代表カラーとして、打ち出したことでも、知られています。しかし、2009年ヨウジヤマモトが倒産という、ショッキングはニュースが、ファッション界を震撼させました。倒産後も、衰えることない、闘争心むき出しのヨウジヤマモト。揺るがない、ファイティング・スピリッツを醸し出す、レジェンドブランドに迫ります。

2009年、ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)倒産

ファッション界を震撼させたビッグニュース

2009年、ファッション界が震撼しました。ヨウジ・ヤマモトの倒産。日本のモードブランドのパイオニアであり、様々なトレンドを打ち出してきた、カリスマブランドの倒産に、言葉を失ったファッショニスタは多かったはずです。

栄枯盛衰、形あるモノは、いつかはなくなる、当然の、自然の摂理なのですが、普遍的な、日本のモード界トップブランドの倒産に、ファッション界の未来が曇ったことは確かです。

絶対的な、存在感を誇る、カリスマブランにさえ、迫る、ブランド倒産の影。ヨウジ・ヤマモトの倒産のニュースは、日本以外にも、世界中のファッショニスタへ、悲報として伝えられました。

ヨウジ・ヤマモトというブランドが、消滅してしまうのでは?と言う不安の中、投資会社のバックアップにより、ヨウジ・ヤマモトの存続が決定しました。

そして、デザイナーである山本耀司の進退についても、気になっていましたが、これまで通り、山本耀司による、ヨウジ・ヤマモトの続行が決定、パリコレへの参加もこれまで通り、行われることが決まりました。

山本耀司による、ヨウジ・ヤマモトの継続に、胸を撫で下ろした、ファッションエディターも多く、当時のファッション誌には、ヨウジ・ヤマモトのブランド継続と、山本耀司による、ヨウジ・ヤマモトの継続が、度々、記事になっていました。

ブランド創立以来、最大の危機を乗り越えた、ヨウジ・ヤマモト。そして、現在も前衛的なモードスタイルを貫き続ける、レジェンドデザイナーである、山本耀司。

1972年の会社設立から、45年もの間、反骨精神漂う、独特の美学で、世界中のモード界をリードしてきた、山本耀司。

70歳を過ぎても、衰えることない、ファイティング・スピリッツに、畏敬の念を抱いている、ファッションデザイナーは世界中に存在します。

アントワープ6と称される、マルタン・マルジェラや、ドリス・ヴァン・ノッテンは、ヨウジ・ヤマモトのデザインに、大きな影響を受けたと公言しています。

80年代、当時のトレンドから真っ向勝負を仕掛けた、ヨウジヤマモト。黒の強さと美しさ、そして黒のレイヤーから生まれる、オーバーサイズの神秘的なシルエットや、ドレープ。

”黒の衝撃”や、”東洋の衝撃”とも称された、パリコレクションは、否定的な見解も大きかったことは、事実ですが、ファッション界に新鮮な衝撃を与えたことは、間違いありません。

世界のモード界に日本のモードブランドの、存在感を見せ付けた、カリスマブランドのヨウジ・ヤマモト。

世界中にファンを持つ、ブランドを手掛ける、レジェンドデザイナー、山本耀司に迫ります。

ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)=山本耀司

山本耀司が手掛ける服だからこそ意味がある

山本耀司が作る服だからこそ、意味がある。ヨウジ・ヤマモトのデビュー以来、ウエアを愛用し続ける、グッドカスタマーは、大抵こう言います。

ヨウジ・ヤマモト=山本耀司なのです。山本耀司が、手掛けているブランドなのだから、当たり前に感じる方もいらっしゃるかと、思いますが、ヨウジ・ヤマモトの服は、山本耀司のスピリッツが、宿ったガーメンツなのです。

いわば、神格化された、デザイナーである、山本耀司。カリスマ的存在の山本耀司が手掛ける、服だからこそ、ヨウジヤマモトは、存在意味があるといっても過言ではありません。

オーナーデザイナーが手掛けるブランドは、世界中に存在します。しかし、ここまで、信者とも言うべき、ファンを持つブランドは、滅多にありません。

世界中のファッションエディターや、ファッショニスタ、感度の高い富裕層が、愛用するヨウジ・ヤマモト。

海外のヤングセレブレティの愛用者が、日本以上に多いことでも、知られています。45年以上もモード界のインフルエンサーとして、絶大的な存在感を誇る山本耀司は、慶應義塾大学を卒業したインテリデザイナーとしても、知られています。

山本耀司の経歴は?

慶応卒業の富裕層のイメージの強い山本耀司ですが、生活は楽ではなかったと、インタビューで答えています。

1943年に東京に生まれた、山本耀司。実家は洋品店を営んでいたそうですが、生きていくことが精一杯だったとのことです。

10代の頃は洋裁が得意な、母親の作った洋服を、着用していたそうです。母親のハンドメイドの服が、現在の、ヨウジ・ヤマモト、ベースとして、DNAに刻まれているように思います。

慶應義塾大学の法学部を卒業した山本耀司は、文化服装学院へ進学します。服飾を学びたいと言う、思いよりは、社会に出たくない思いの方が強かったと、公言しています。

頭脳明晰だった、山本耀司は、所謂、一流企業に、就職ができなかったはずがありません。彼は敢えて、一流企業に就職することを拒んだようにも感じます。

当時の慶応義塾大学は、今以上に裕福な学生が、多かった時代です。山本耀司のような、苦学生は、殆ど、慶応大学にはいない時代です。

山本耀司はインタビューで、「付属からエスカレーター式に上がってきた学生は、非常に人柄もよく、洗練されていた。しかし、勉強はそれほどできなかった。それでも、彼らは輝かしい未来が約束されている。それに対してフラストレーションが募った」と答えています。

幼い頃から感じていた、絶対的な不平等に抗うことができないと、実感した大学時代。山本耀司の言葉を借りれば、”社会に出るための、執行猶予を手に入れる”、ために進んだ、文化服装学院。

しかし、文化服装学院へ進学することで、山本耀司は、デザイナーと言う天職に出会います。

装苑賞と遠藤賞を受賞してパリへ

山本耀司の才能は、文化服装学院で開花します。

募るフラストレーション、若者特有のやり場のない怒り、富裕層が多く所属している、慶応義塾大学に在籍したことにより、より明確となった、抗うことのできない、生まれもっての階級制度。

どうあがいても、変わることのない、不平等さや、社会の仕組み。20代の山本耀司は、不満を吐き出すかのように、服作りに邁進します。

ヨウジ・ヤマモトのデザインソースは、フラストレーションと怒りです。そして、若き日の山本耀司の作るガーメンツには、若者の持つ不安感や、憂いを帯びていました。

感情をストレートに表現したような、反骨精神迸る、山本耀司の作るガーメンツが、際立っていたことは言うまでもありません。

その結果、装苑賞と遠藤賞をダブル受賞します。山本耀司は、パリ着のチケットと、賞金を手に、憧れのパリで1年間過ごします。

オートクチュールを学ぶために、渡仏した山本耀司、しかし、60年代のパリは、オートクチュールに変わって、プレタポルテが、主流となる雰囲気を、ファッション業界が醸し出していました。

オートクチュールを学んでいた、山本耀司ですが、オートクチュール技法を、生かしたプレタポルテブランドをローンチすべく、1972年に、株式会社ワイズを設立します。

山本耀司の伝説の幕開けです。ワイズを設立した、5年後の1977年に東京コレクションに参加します。

コレクションデビューは、1977年ですが、山本耀司の手掛けるワイズは、ファッションエディターや、スタイリストの間では、既に話題となっていました。

東京コレクションは、大成功で幕を閉じ、パリコレを目指す原動力となります。

1981年ヨウジ・ヤマモト設立

東京コレクションで高い評価を得た、山本耀司は、パリコレでも、十分戦えると確信します。1981年、ヨウジ・ヤマモトを設立。コムデギャルソンと共に、パリコレに参加します。

1980年代のパリのモードのトレンドは、タイトでラグジュアリーなスタイル。ヨウジ・ヤマモトのリリースする、黒ずくめの、オーバーサイズのウエアは、簡単には理解されませんでした。

紳士服を女性が着たような、ゆったりとした、テーラードジャケットや、パンツは、当時のファッションエディターや、被服評論家を大いに悩ませました。

黒の衝撃であり、ボロルックは、否定的な、評価も少なからずありました。しかし、ヨウジ・ヤマモトの創り上げた、スタイルが、パリのモード界に、大きな衝撃を与えたことは、間違いありません。

黒をトレンド色として、捉えていなかった、80年代のパリで、真っ黒の服ばかりを、リリースしたヨウジ・ヤマモト。

ヨウジ・ヤマモトの真骨頂でもある、幼い頃より、溜め込んでいた、どうにもならない、不平等に対する、フラストレーションを、パリコレに込めたかのような、反骨精神抜き出しの、トレンドを否定する、コレクション。

このヨウジ・ヤマモトのパンクスピリッツに、パリの若きファッショニスタや、ヤングセレブレティーは陶酔しました。

そして、黒こそが、最も神秘的で、スタイリッシュなカラーとして、80年代の、パリのモードを概念を、塗り替えました。

ヨウジ・ヤマモト(Yohji Yamamoto)が掲げる反骨精神

80年代から常にトレンドセッターであり続けるカリスマ

日本を代表する、ラグジュアリーモードブランドである、ヨウジ・ヤマモト。独特の世界感は、一度袖を通すと、ヤミツキになるとも言われています。

コムデギャルソン同様に、中毒性の強いガーメントは、幅広い、年代の、ファッショニスタから支持されています。

特に2010年以降、ヤングセレブレティからも、高い評価を得ている、ヨウジ・ヤマモト。ファストファッション全盛期に育った、20代前半の、若きファッショニスタが、ヨウジ・ヤマモトの服に夢中になっているそうです。

雑誌が唯一の頼りだった、70年代、80年代と違い、瞬時に欲しい情報が、手の中に入る、現在。SNSが雑誌以上に影響力を持つ、今のファッション界。

所謂、SNS世代に、絶大な評価を得る、老舗ブランドの、ヨウジ・ヤマモト。ヨウジ・ヤマモトを服に陶酔する、若き富裕層は、日本国内だけに止まらず、世界中に存在すると言います。

ヨウジ・ヤマモトのデビュー以来、衰えることのない、反骨精神を纏ったガーメンツが、SNS上からも強烈に、ファッショニスタを刺激することが、理由のようです。

年季の入った、パンクスピリッツは、子供だましの勢いだけの、新生ブランドが束になって、かかってきても、歯が立ちません。

80年代に、日本中のファッショニスタに、黒を着せることとなった、”カラス族”と呼ばれる一大ムーブメント。

そして、後の、DCブランドブームを牽引していく、ヨウジ・ヤマモト。

ヨウジ・ヤマモトは、インポートブランドの、アルマーニや、ヴェルサーチ同様に、憧れのブランドとして、80年代のファッショニスタを刺激します。

国内ブランドではある、ヨウジ・ヤマモトですが、価格は、インポートブランド並みに高価で、ジャケットで20万円以上は当たり前、しかし、オリジナルのテキスタイルを使用し、日本屈指の職人が、手掛ける、日本製のガーメンツはの金額としては妥当なのかもしれません。

当然のように、ワンサイズにつき、数枚しか生産のないヨウジ・ヤマモトのガーメンツ。ヨウジ・ヤマモトのガーメンツを纏う事は、ファッショニスタにとって、大きなステータスシンボルとなります。

80年代、ヨウジ・ヤマモトのウエアを着ることが、憧れであり、成功の証しだと思っていたと、とんねるずの、石橋貴明もインタビューで答えていました。

インポートブランドを凌駕するほどの、ステータス性を浸透させたブランドが、ヨウジ・ヤマモトであり、インフルエンサーの山本耀司です。

現在、ヨウジ・ヤマモトに憧れを抱いていた、カラス族世代の、子供程の年齢の、ヤングセレブレティをも虜にする、ヨウジ・ヤマモトのガーメントの強さ。

80年代からファッション界をリードする、インフルエンサーは、現在も勿論現役です。

ヨウジ・ヤマモト(Yohji Yamamoto)の虜になるセレブレティ

北野武監督の映画の衣装でもお馴染み

ヨウジ・ヤマモトのウエアの愛用者として有名な北野武。衣装以外にも、プライベートでも、ヨウジ・ヤマモトの、ガーメンツの愛用者として知られています。

コメディアン以外に、世界的な映画監督としても活躍する、北野武監督。北野武監督作品である、ブラザーズや、ドールズの衣装はヨウジ・ヤマモトが手掛けたものです。

他にも、座頭市、タケシズも、ヨウジ・ヤマモトの衣装が使われいます。そして、大ヒット映画である、アウトレイジの衣装もヨウジ・ヤマモトです。

北野映画には、2001年のブラザーズ以降、頻繁にヨウジヤマモトのウエアが使われていることが分かります。

北野武と山本耀司は、仕事以外にも、プライベートでも交流があるそうです。

80年代には、コメディンとして絶大な人気を博していた、ビートたけし、同じく、80年代には、パリにも、その名を轟かせていた、カリスマデザイナー。

世界は違えど、絶大な影響力を与え続ける、二人のカリマス。お互いの才能をリスペクトし、惹かれあうのは、当然なのかもしれません。

現代の魔法使い、落合陽一の全てのガーメンツが、ヨウジ・ヤマモト

現代の魔法使いとも称される、天才科学者の落合陽一。今最も多忙な、科学者としても知られています。世界が注目する、落合陽一は、黒を基調とした、個性的なファッションでも有名です。

落合陽一が見につける、アバンギャルドな黒のガーメンツは、ヨウジ・ヤマモトです。服選びに時間をかけたくない、彼は、全てのガーメンツを、ヨウジ・ヤマモトで統一しているそうです。

忙しい時間の合間を縫って、コレクションにも顔を出す、落合陽一。ミステリアスな、天才には、アバンギャルドな黒の衣装がよく似合っています。

30歳である、若き天才科学者も、ヨウジ・ヤマモトのガーメンツに心を奪われた一人です。

カラス族と呼ばれた、ファッショニスタの、子供世代に当たる、落合陽一。ヤングセレブレティや、若きファッショニスタが、ヨウジ。ヤマモトのウエアに夢中になっていると言う情報は、確かなようです。

ヨウジ・ヤマモト(Yohji Yamamoto)2010年に東京コレクション

19年ぶりの東京でのコレクション

今ヤングセレブレティから注目を集める、老舗モードブランドの、ヨウジ・ヤマモト、その理由として、19年ぶりに、開催された、東京での、メンズコレクションも関係しているように思います。

東京でヨウジ・ヤマモトのショーを見ることができる。往年のヨウジ・ヤマモトの顧客は、この吉報に歓喜の声を上げました。

国立代々木競技場第二体育館を会場にして行われた、ヨウジ・ヤマモトのメンズコレクション。収容人数は、約3000人。

日本のメンズファッションを支える目的で開催された、ヨウジ・ヤマモトの東京でのメンズコレクション、会場は、熱狂の渦と化したことは言うまでもありません。

テーマは、シンプル且つ明確、”男の中の男”。ヨウジ・ヤマモトの、ガーメンツの永遠のテーマでもある、タフで、ニヒルな大人の男のための服。それをより強く打ち出した、東京コレクションは、山本耀司と交流のある、俳優やミュージシャン、映画監督も、モデルとして、ランウェイを闊歩、コレクション会場をヒートアップさせました。

大盛況で幕を閉じた、ヨウジ・ヤマモトの東京コレクション。このコレクションにより、レジェンドデザイナーの衰え知らずの、ファイティング。スピリッツに、陶酔したのは、ヤングセレブレティや、若きファッショニスタも多く、20代の若い世代をも、ヨウジ・ヤマモトの新たなカスタマーとして取り込むことに成功しました。

ヨウジ・ヤマモト(Yohji Yamamoto)最新コレクションから見る反骨精神

ジャパニーズモードブランドとしてのプライド

2018年春夏の最新コレクションが、発表されたパリ。よりタフで、反骨精神に磨きが、掛かったようなショーを見せてくれた、ヨウジ・ヤマモト。

年を重ねるごとに、更にアヴァンギャルドさを増していく、ヨウジ・ヤマモトのガーメンツ、2018年の春夏は、ライダースジャケットから、コレクションがスタートしました。

上質なレザーを使用した、ライダースジャケットは、しなやかなテーラードジャケットのような雰囲気を醸し出しています。

ヨウジ・ヤマモトの十八番である、黒も勿論、健在なのですが、赤や、ブルーのライダースが、印象的でした。

ルーズなライダースジャケットに、ロングカットソーや、ルーズなドレープパンツを合わせる、ヨウジヤ・マモト独特のスタイリング。

日本のモードブランドを代表している、プライドがひしひしと伝わる、コレクションでした。

日本語で書かれた、メッセージのテープを貼り付けた、テーラードジャケットや、カットソーは、異様な雰囲気と、強烈なインパクトを放っていました。

少し、若すぎるような、日本語のメッセージも、ヨウジ・ヤマモトのガーメントに、貼り付けることにより、陳腐さは皆無。

芸術作品のような雰囲気まで演出していました。

そして、レザージャケットや、シャツに描かれる様々な女性。ライダースジャケットのバックに描かれた女性は、何処となく、レトロな雰囲気が漂いますが、ロングシャツや、ドレープカットソーに描かれた女性は、ミステリアスで、妖艶な狂気にも似た、美しさと、薄気味悪さを併せ持っています。

美しく、ミステリアスな、ヨウジ・ヤマモトのガーメンツによく似合う、女性を描いた今回のコレクション。

美しいシルエットのウエアには、装飾は必要ない、しかし、敢えてデコレーションを加えることで、更に魅力的な服に仕上がる、身をもって証明した、今回のヨウジ・ヤマモトのコレクション。

ヨウジ・ヤマモトのウエアが、アヴァンギャルドと称される所以は、そこにあるように感じます。

ヨウジ・ヤマモト(Yohji Yamamoto)を世界的なブランドへ

山本耀司の描くヨウジ・ヤマモトの未来

ヨウジ・ヤマモトというブランドを、カテゴライズするなら、アヴァンギャルドです。山本耀司自身も、ヨウジ・ヤマモトの服は、分類するなら、アヴァンギャルドと言うカテゴリーに入ると公言しています。

しかし、敢えて、カテゴライズするならばの、話です。しかし、簡単に分類されることを、よくは思っていない、山本耀司。彼は、アヴァンギャルドな、服を作る為に、ブランドをローンチしたわけではありません。

作りたい服を作ったら、アヴァンギャルドな服だと称された、それだけの事です。つまり、ヨウジ・ヤマモトと言うガーメンツは、ヨウジ・ヤマモトと言う、唯一無二のブランドとしか、表現はできません。

財産を全て身に着けて歩く、ジプシーのスタイルが理想的と語る山本耀司。メンズファッションとは、生活の為に着る服のこと。それが最も男性的であり、魅力的だと山本耀司は言います。

黒のレイヤードや、オーバーサイズのウエアに、プリーツの入ったゆったりとしたパンツを合わせる、ヨウジ・ヤマモト独特のスタイリングは、ジプシーをのエッセンスを感じる事もできます。

自分が生きているうちに、ヨウジ・ヤマモトを、世界的なブランドとして確立したいと語る山本耀司。反骨精神迸る、インフルエンサーが口にした意外な言葉。

既に世界中のファッションエディターや、ファッショニスタを虜にしている、モードブランドのヨウジ・ヤマモト。

カリスマデザイナーである、山本耀司にとっては、ヨウジ・ヤマモトはまだまだ、ファイティング・スピリッツ溢れる、駆け出しの、ブランドなのかもしれません。

【Yohji Yamamoto Official Site 】
http://www.yohjiyamamoto.co.jp/

【Yohji Yamamoto ONLINE SHOP】(外部サイト)
YOHJI YAMAMOTO

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

RELATED

80年代、川久保玲率いる、コムデギャルソン共に、日本のモード界を席巻したブランドのヨウジ・ヤマモト。世界中に多くのファンを抱えるカリスマブランドであり、前衛的な、日本のモードブランドを世界に知らしめた、レジェンドブランドです。カラス族と呼ばれる、黒ずくめのファッションを定着させ、当時フランスモード界では、嫌煙されていた、黒を、モードの代表カラーとして、打ち出したことでも、知られています。しかし、2009年ヨウジヤマモトが倒産という、ショッキングはニュースが、ファッション界を震撼させました。倒産後も、衰えることない、闘争心むき出しのヨウジヤマモト。揺るがない、ファイティング・スピリッツを醸し出す、レジェンドブランドに迫ります。