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マセラティ・ブーメラン:4億5千万で落札された伝説のコンセプトカー

マセラティといえば、イタリアの貴公子的なマシンを数多く開発してきた伝統あるメーカーです。そんなマセラティが1971年に発表したコンセプトカーが今回紹介するマセラティ・ブーメランです。

マセラティ・ブーメラン

マセラティ・ブーメランとは?

マセラティ・ブーメラン(Maserati Boomerang)は、イタリアの名門自動車メーカーである”マセラティ”から、かつて発表された1台限りのコンセプトカーです。マセラティ・ブーメランは、1971年のトリノ・オートサロンで発表されました。1971年というとスーパーカーブームが来る数年前ですが、そのスタイルは、1974年に発表されたランボルギーニ・カウンタックなどと同じ、当時流行の”ウェッジシェイプ”となっています。マセラティ・ブーメランは、ショーカーとして発表されたため、1971年当時は、エンジンやギアなどの走行に必要な装備は備えていませんでした。しかし、その翌年には、マセラティによって手が加えられ、同じくマセラティの名車であるマセラティ・ボーラから流用したパーツで公道走行可のマシンとして、翌年のジュネーブ・モータショーに改めて出品されました。その見事なウェッジシェイプのボディは、世界中の自動車関係メディアやファンに賞賛され、世界中のモーターショーを回った後、スペインの富豪に売却されました。そんなマセラティ・ブーメランですが、2015年にはオークションに出品され、約4億5千万円で落札されました。

無駄のないウェッジシェイプ

マセラティ・ブーメランの最大に魅力と特徴は、その無駄を一切排除したウェッジシェイプのボディでしょう。マセラティ・ブーメランが発表された1971年は、スーパーカーブームの寸前の時代です。そのため、ウェッジシェイプのボディスタイルは1974年にデビューしたランボルギーニ・カウンタックを始めとして、70年代のスーパーカーのトレンドとなっていきました。このマセラティ・ブーメランの見事なスタイリングは、映画バック・トゥ・ザ・フューチャーに登場する車”デロリアン DMC-12”を手掛けたジョルジェット・ジウジアーロ氏によってデザインされました。確かに、マセラティ・ブーメランとデロリアンのボディスタイルには同じような雰囲気を感じることができます。マセラティ・ブーメランのボディはアルミパネルの叩き出しで制作され、公道走行可にモディファイされた1972年には、マセラティ・ボーラから流用したフレームやサスペンションなどの主要部品が搭載しました。フロントからリアまで一直線に流れるスタイルからは、70年台にデザインされたとは思えない近代性を感じることができ、窓を多用したスタイルは、低い車高でありながらも開放感を感じさせるものとなっています。

マセラティの名車 ”ボーラ” から流用した設計

マセラティ・ブーメランは、1971年にショーカーとして発表された翌年1972年に、公道走行可能にするために、マセラティ・ボーラから流用したパーツで改良されました。フレーム、サスペンション、パワートレインなどの主要部品は全てマセラティ・ボーラから流用しており、マセラティ・ブーメランのエンジンには、4.7リッターV型気筒DOHCエンジンが採用されました。このエンジンの馬力は318BHP、最大トルクは460Nmで、1400kgの軽量なアルミボディとの融合で、最高速度はボーラと同等の280km/h程度にも達したと言われています。

70年代を代表するコンセプトカー ”マセラティ・ブーメラン”

マセラティから発表された伝説のコンセプトカーである”マセラティ・ブーメラン”について紹介してきました。マセラティ・ブーメランは一台のみのショーカーとしてその価値は高く、2015年時点で、その価格は4億5千万円と非常に高額になっています。マセラティ・ブーメランの優れたデザイン性と、マセラティの代表作でもあるマセラティ・ボーラから取り入れたシャーシやパワートレインを持つマセラティ・ブーメランに魅力は計り知れません。マセラティ・ブーメランは、まさにスーパーカーブームの一端を担った1970年代を代表するマシンであると言えるでしょう。

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高級車の記事をメインに、資産運用についても紹介していきます。

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