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マウリツィオ・アルティエリ (Maurizio Altieriz) 孤高の職人がファッション界に起こしたムーブメントとは?

稀代のクリエイターとしてファッション界に多大なる影響を与え続けるマウリツィオ・アルティエリ(Maurizio Altieri)。マウリツィオ・アルティエリとは、アルチザンブランドムーブメントの火付け役としても知られる、”カルペディエム”を立ち上げた人物であり、孤高の革職人です。本来、マイノリティとされるアルチザンブランドをメインストリームにまで押し上げた人物である、マウリツィオ・アルティエリ。トレンドを意識することなく、ブレる事のないアティチュードにより、完成するワードローブの数々は、作品と呼んだ方が相応しいモノばかりです。ファッションエディターや、スタイリスト、バイヤーといった玄人から絶大な支持を得る、カリスマデザイナーである、マウリツィオ・アルティエリ。アルチザンブランドというカテゴリーを、ファション界に築き上げた、職人という呼び名の似合う天才デザイナーに迫ります。

Contents / 目次

マウリツィオ・アルティエリ(Maurizio Altieri)職人という言葉が最も似合うクリエイター

アルチザンブランドを牽引し続けるレジェンド

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「川久保玲、マルタン・マルジェラ以外に、天才と呼べるクリエイターは、マウリツィオ・アルティエリのみ」世界的にも有名なセレクトショップのマネージャはこう豪語します。

「マウリツィオ・アルティエリほど、評価の低いデザイナーは世界中に何処にもいない。しかし、彼は、世間の評価には無関心。なぜなら自分が納得するものを作り続けている、最も幸せなクリエイターだから」世界的に著名なファッションエディターは、マウリツィオ・アルティエリの事をこう称します。

ファッション業界に身を置く者で、マウリツィオ・アルティエリの才能を感じない人間は皆無です。寧ろ、マウリツィオ・アルティエリは、玄人から絶大な支持を得るデザイナーであり、職人です。

T.O companyさん(@t.o1981_1202)がシェアした投稿 -

マウリツィオ・アルティエリの登場は、ファッション界にとって、青天の霹靂でした。マイノリティであるはずの所謂、アルチザンブランドを、メインストリームへと押し上げた人物であり、アルチザンブランドという言葉を浸透させた人物もマウリツィオ・アルティエリです。

勿論、アルティエリ自身が、アルチザンブラントという言葉を使った事は今まで一度もありません。ラグジュアリーブランドとも、モードブランドとも、ストリートブランドとも異なり、全ての要素を含む、アルティエリの作り上げるワードローブを分類する為に、便宜上生まれたアルチザンブランドという言葉。

しかし、今では、一つのジャンルとして、アルチザンブランドは、確実に根付いています。アルチザンブランドというジャンルを確立し、浸透させたパイオニアである、マウリツィオ・アルティエリは、富裕層にとって、ラグジュアリーブランド以外の、選択肢を作り上げた人物といっても過言ではありません。

その理由は、彼が、レザーアルチザンブランドの雄としても知られている、”カルペディエム”の創立者であり、デザイナーだからです。

富裕層にラグジュアリーブランド以外の選択肢を与えた人物

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感度の高い富裕層や、ファッション関係者を中心に、熱狂的なファンを持つブランドのカルペディエム。

カルペディエムの登場により、老舗ラグジュアリーブランドのアイテムが、最も優れているという、概念は揺らぎました。

少なくとも、カルペディエムのレザーワードローブのクオリティは、老舗ラグジュアリーブランドのワードローブを凌ぐプロダクツが、数多くラインナップされていました。

ブランドのタグに大金を払う、成り上がりの富裕層は別として、ホンモノの価値を見抜く真のセレブレティは、カルペディエムのレザープロダクトに、魅せられました。

こうして、アルチザンブランドの価値そのものが向上し、ファッションセレブが、積極的にアルチザンブランドをピックアップするようになりました。

タブーともいえる”ウォッシャブルレザーシャツ”のリリース

現在も熱狂的なファンを持つブランドであり、レザーフリークや靴好事家が気になるブランドとしてその名を挙げるカルペディエム。

日本で、1990年代後半から、2000年代前半に、ファッション関係者や、著名人の間で一大ムーブメントを引き起こした、レジェンドともいうべき、レザーブランドのカルペディエムは、日本で最も売れた、アルチザンブランドとも言われています。

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マウリツィオ・アルティエリは、常識を覆す、素材使いや、ワードローブをリリースする、人物としても知られています。

マウリツィオ・アルティエリの、実験的且つ、挑戦的なアプローチにより、カルペディエムからは、様々な名作が誕生しました。

ブランドを代表するアイテムである、”ウォッシャブルレザーシャツ”もマウリツィオ・アルティエリのフロンティアスピリットから誕生したワードローブです。

洗う事のできるレザーシャツである、ウォッシュブルレザーシャツは、2000年代前半には、レザー好きのファッションフリークなら必ず持っているアイテムとまで称されました。

ウォッシャブルレザーシャツでレザープロダクトの既成概念が崩壊

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水洗いができるレザーシャツというセンセーショナルな、カルペディエムのウォッシャブルレザーシャツは、レザーフリークは勿論、スタイリストや、バイヤーの間でも一大ムーブメントを巻き起こしました。

カルペディエムのウォッシュブルレザーシャツが登場して以来、レザーシャツをリリースするブランドが世界中に増えた事は間違いありません。

つまり、マウリツィオ・アルティエリの作品ともいうべき、カルペディエムのウォッシュブルレザーシャツは、多くのブランドの既成概念をも打ち砕いたとも言えます。

レザーシャツというワードローブの定着

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ラグジュアリーブランドでは、オールシーズン、レザーワードローブをリリースするブランドは少なくはありません。

レザージャケットをラグジュアリーブランドにとって、言わば、看板アイテムです。上質でリュクスなレザープロダクトをリリースすることは、老舗ラグジュアリーブランドにとっては、プライドでもあります。

しかし、ラグジュアリーブランドといえど、レザーシャツを毎シーズンリリースしてる、メゾンは、多くはありませんでした。

少なくとも、ハイエンドな、レザーシャツが有名なブランドは、エルメスや、クロムハーツ以外皆無といっても過言ではない、時代に、カルペディエムは、レザーシャツを看板とし、更にレザーシャツをリュクスなレザーワードローブとして、富裕層に浸透させました。

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レザーのアウターや、パンツ以外、レザーワードローブのイメージがなかった、富裕層にとって、カルペディエムのウォッシャブルレザーシャツは、かなり斬新なアイテムだったことは間違いありません。

驚くほど上質なレザーに敢えて、水洗いによる、皺を加えた、カルペディエムのレザーシャツは、そのクオリティもプライスも、規格外でした。

本来、レザーの傷や、品質を誤魔化す為に、加工は行われます。しかし、カルペディエムは、表情を与える為に、上質なレザーに加工を加えます。

この真逆とも言える発想も、上質なアイテムを常に身に着けている、富裕層にとっては、新鮮に感じたように思います。

キースリチャーズ愛用ブランドとしてのインフォメーション

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ファションアイコンとしても有名な生きる伝説、キースリチャーズは、カルペディエムのワードローブに惚れ込み、自身のサイズのアイテムは、まとめて購入したといわれています。

日本でもカルペディエムが雑誌に掲載された、1990年代後半には、キースリチャーズ愛用ブランドとして紹介されていました。

マウリツィオ・アルティエリが手掛けたブランドとして、カルペディエムがあまりにも有名ですが、それ以外にも実はかなりの数のブランドを手掛けています。

カリスマデザイナーであり、アルチザンブランドの火付け役である、マウリツィオ・アルティエリに迫ります。

マウリツィオ・アルティエリ(Maurizio Altieri)とは?

1966年ローマ生まれのデザイナー

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マウリツィオ・アルティエリ(Maurizio Altieri)は1966年にローマで生まれます。18歳からカルペディエムを立ち上げるまでの約10年間、世界中を放浪します。

カルペディエムを始めとする、マウリツィオ・アルティエリが手掛けるプロダクトから感じられるオリエンタルなエッセンスは、10年間の放浪の旅の中で、様々なカルチャーに触発され、身に付いた感覚なのかも知れません。

放浪の旅によって生まれたウォッシャブルレザー

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カルペディエムを代表するマテリアルである、”ウォッシャブルレザー”。ウォッシャブルレザーはシャツがあまりにも有名ですが、シャツ以外にも、コートやジャケット、パンツに、ルームシューズと殆どのプロダクトで使用されいます。

このウォッシャブルレザーも、旅がきっかけで誕生したアイテムだと言われています。ブランドをローンチする以前から、レザーフリークだった、アルティエリは、旅行中も常にレザーアイテムを身に着けていました。

世界中を放浪する、言わば、バックパッカーに近い、スタイルで旅行していた、アルティエリは定住することなく、生活用品はリュックの中に全て詰め込んで生活していました。

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当然、レザーをケアする道具を持っていなかった、アルティエリは、草臥れたレザーを水洗いしたそうです。本来タブーとされていた、レザー製品の手入れに水を使う行為ですが、水で洗う事で、艶と独特の風合いを持つ、レザーが完成しました。この経験により、レザーを洗うという加工を思いついたといわれています。

カルペディエムのウォッシャブルレザーを使用したレザーワードローブを発表して以降、膨大な数のレザープロダクトを所有する、マウリツィオ・アルティエリですが、レザーの手入れは水洗い以外殆ど何もしないと言われています。

「レザーは手入れしない方が、美しく輝く」とインタビューでも答えていました。

クロムハーツでの勤務が初めてのファッション関係の仕事

メキシコ、タイ、スペイン、トルコと様々な国を渡り歩いた、アルティエリでしたが、定住していたのは10年間で、ロンドンと、ロサンゼルスのみです。

ロサンゼルス住んでいた時期に、マウリツィオ・アルティエリはクロムハーツでスタッフとして、勤務しています。

マウリツィオ・アルティエリが10年間で定職に就いたのは、おそらく、クロムハーツのショップスタッフのみです。

少なくとも、カルペディエムをローンチするまでの間、ファッション関係の仕事に就いたのは、クロムハーツのシュップスタッフ以外はありません。

カルペディエムのウォッシャブルレザーシャツに、シルバーボタンが使用されている、理由は、クロムハーツの影響も大きいように感じます。

ちなみに、レザーパンツにもボタンや、ブーツのソールに打ち付けてあるプレートも、シルバー製です。

クロムハーツからカルペディエムのブーツをベースとした、カスタムブーツがリリースされた事がありました。

マウリツィオ・アルティエリがクロムハーツで働いていた事が関係しているように思います。

1994年にカルペディエム(CARPEDIEM)創立

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放浪の旅から帰国した、マウリツィオ・アルティエリは、イタリアのペルージャに、1994年にカルペディエム(CARPEDIEM)を設立します。

”今この瞬間を生きる"との意味のラテン語をブランド名に持つカルペディエムは、ハンドメイドのシューズからブランドをスタートさせます。

1995年にハンドメイドのレザーシューズと、レザープロダクトを中心としたコレクションをスタートさせます。

ウォッシャブルレザー以外にも、ホースデストロイや、ベビーカーフといった、上質なレザーマテリアルを使用した、ハイエンドなレザープロダクトは、ファッション関係者から口コミで、富裕層や、著名人の間に広がります。

コムデギャルソン青山での発注会により、ファッショニスタへ浸透

海外では直ぐに、感度の高い、ハイエンドなセレクトショップで取り扱いが始まったカルペディエムは、日本でも、バーニーズニューヨークや、ユナイテッドアローズ等の大手セレクトショップがピックアップします。

しかし、日本のファッショニスタにカルペディエムを浸透させた人物は、間違いなく、コムデギャルソンのデザイナーである川久保玲です。

大手セレクトショップが、カルペディエムを大々的に取り扱う前に、コムデギャルソン青山店で、カルペディエムのブーツを中心とした、シューズの発注会が行われました。

川久保氏は、日本で殆ど無名だった、カルペディエムを見出したパイオニアとしても知られています。ちなみに、クロムハーツを日本で一番最初に取り扱ったのが、コムデギャルソン青山店です。

現在ドーバーストリートマーケットのディレクションを行う、川久保玲氏。デザイナーとしてだけでなく、新進ブランドを見出す能力に関しても昔から長けていた事が伺えます。

コムデギャルソンでの発注会がきっかけで、大手セレクトショップが本格的に、カルペディエムの取り扱いを始めたとも噂されています。

1999年にLMアルティエリ(LM ALTIERI)をスタート

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カルペディエムのレザープロダクトとブーツが、感度の高い富裕層や、ファッショニスタに浸透し始めた、1999年に、マウリツィオ・アルティエリはカルペディエムの新ラインをスタートさせます。

そのブランドが、LMアルティエリ(LM ALTIERI)です。アルティエリの息子の名前を関した新ブランドは、カルペディエムの、布帛モノを扱うラインとして誕生しました。

カルペディエムは、レザーとブーツ、そしてレザーグッズ以外の取り扱いはありません。つまり、ヘビージャージを使用したコートや、カシミアを使用した、ロングコートやニットも、正確には、カルペディエムではなく、LMアルティエリのアイテムになります。

カルペディエム同様にハイエンドな素材を使用した、LMアルティエリのプロダクトは、製品染を施したカシミアニットや、レザーを裏地にした、カシミアコートなど、かなりハイレベルなアイテムがリリースされ、世界中の富裕層を刺激しました。

LMアルティエリをローンチしたことにより、カルペディエムは、レザー以外のアイテムが揃う、トータルブランドとして更に加速します。

2000年カルペディエムのブランド表記をC DIEMに変更

nobuさん(@nobuhiro_1974)がシェアした投稿 -

カルペディエムは、2000年に、C DIEMにブランド表記を変更します。日本でカルペディエムが爆発的なヒットを記録するのが、2000年前後のため、C DIEMというブランド表記の方が、馴染みのあるファッショニスタも多いかと思います。

ブランド名の表記の変更に伴い、会社名もカルペディエムから、”ウノピュウノウグアーレトレ”に変更しています。2000年代前半は、日本の取り扱いショップも増え、カルペディエムのプロダクトが最も充実していた時期でもあります。

2002年リネア(linea)をスタート

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2002年にカルペディエムのハイエンドライン、リネア(linea)をスタートさせます。”究極のミニマル”をテーマに掲げ、布帛の可能性を追求したブランドは、LMアルティエリの最上位ラインといった方が正しいようにも感じます。

リネアのスタートには、日本で爆発的な人気とセールスが大きく関係していたように感じます。一般的に見れば、ハイエンドなマテリアルを使用する、カルペディエムやLMアルティエリですが、更に上質なプロダクトが日本で求められるようになり、実験的なプロジェクトとしてスタートしたともいわれています。

上質なワンピースの天然マテリアルにこだわったブランドで、LMアルティエリや、カルペディエム以上に、手間を掛けたプロダクトばかりが、ランナップされていました。

土の中に埋めて、泥で染めるコートやパンツはかなり話題となりましたが、かなりのハイプライスでした。

全てのアイテムが、ハンドメイドで仕上げられており、殆ど一点モノの扱いでした。

リネアからマウリツィオ・アマディがプロジェクトに参加。リネアプロジェクトが、現在の、マウリツィオ・アマディが手掛ける、m.a+(エムエークロス)へと繋がっているように感じます。

マウリツィオ・アマディは、カルペディエム終了の2006年から、自身のブランドm.a+(エムエークロス)をローンチし、現在も、カルペディエム出身のアルチザンブランドとしてカリスマ的人気を誇っています。

元々、布帛をメインとしたラインのリネアでしたが、ワンピースレザーを使用した、レザーウエアのリリースも極僅かにリリースしていました。

レザーシャツに関しては、現在のm.a+のアイテムと雰囲気が似ています。富裕層から人気の高かった、リネアですが、2シーンズ程でコレクションを終了しています。

2006年カルペディエム活動停止

アルチザンブランドとしては異例とも言うべき、大ブレークを記録した、カルペディエムですが、2006年突然ブランド停止を発表します。

カルペディエムのブランド停止の発表は、カルペディエムファンや、アルチザンブランドファンを、大きく落胆させました。

ブランド終了の理由は、顧客との温度差と噂されていますが、マウリツィオ・アルティエリの口からは一切の発表がなかった為、真相は闇の中です。

マウリツィオ・アルティエリ(Maurizio Altieri)が手掛けてきたブランドは?

2002年サルトリア(Sartoria)

リネアと並行して行われていた、ラインのサルトリア(Sartoria)は、ハンドメイドによる完全オーダーのレザーワードローブブランドです。

アルティエリは、リネアを布帛の、サルトリアをレザーブランドのハイエンドラインとして考えていたようにも思います。

サルトリアの活動期間は約2年と言われています。元々、オーダーにより、ワードローブが製作される為、流通数は、リネアよりも遥かに少なく、殆ど知られていない、レジェンドラインとも呼ばれています。

レザーワードローブに、ステッチで、オーナーの名前が入るなど、レザーワードローブの常識を覆すかなり贅沢なラインだったようです。

2009年アバンディンディエトロ(AVANTINDIETRO)

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ハンドメイドブーツをメインとしたブランド、アバンディンディエトロ(AVANTINDIETRO)を2009年に、スタートさせます。

マウリツィオ・アルティエリの原点とも言うべき、シューズに特化したブランドの、アバンディンディエトロは、現在、アルティエリが手掛けている、カスタムシューズブランドの、メモリア(m_moria)へと継承されます。

アバンディンディエトロは、LAYER-0のデザイナーである、アレッシオ・ゼロ(Alessio Zero)と立ち上げたブランドでした。

2011年には、ブランド名を、アバンディンディエトロフィールド(AVANTINDIETRO_Field)に変更し、世界10店舗のショップでのみ販売するなど、実験的な試みを行ったシューズブランドです。

2015年メモリア(m-moria)

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2015年から現在も続く、マウリツィオ・アルティエリが手掛けるブランドの、メモリア(m-moria)。

カルペディエムのデザイナーが手掛けるシューズブランドとして、かなり話題となった、メモリアは、カルペディエムファンや、マウリツィオ・アルティエリファンを熱狂させました。

マウリツィオ・アルティエリがメディアの前に現れたのは、カルペディエム終了後初めてで、元気な姿にも、ファンは歓喜の声を上げていました。

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アルチザンブランドの最高峰のカスタムシューズブランドと称される、メモリアは、マウリツィオ・アルティエリが5年もの時間を費やし、完成させた、究極のラストが最大の特徴です。

A、B、Cの3パターンのラストをベースにカスタムオーダーしていく、メモリアのシューズは、アメリカのホーウィン社製のコードヴァンを使用した、ハイエンドなシューズです。

レザーの宝石とも称される、最高級のコードヴァンを使用した、ハンドメイドシューズである、メモリアは、マウリツィオ・アルティエリが今、最も、手掛けたいプロジェクトであり、コレクションであることは間違いありません。

2017年カルペディエム復活

ブランド活動停止から約10年後の2017年にカルペディエムが復活しました。カルペディエム復活のニュースは、数多くのファッショニスタを歓喜させました。

現在、カルペディエムは、ブーツを中心としたシューズをメインに展開しています。カルペディエムのフットウエアは、カルペディエムのプロジェクトに関わった初の外国人スタッフである、橋本淳氏が手掛けるブランドである、ジュンハシモトのショップで受注会が行われています。

カルペディエムと、マウリツィオ・アルティエリに最も近い日本人ともいえる、橋本淳氏。カルペディエム復活のニュースも、橋本氏のインスタグラムによって拡散されたといっても過言ではありません。

JUN HASHIMOTOさん(@junhashimoto_)がシェアした投稿 -

ジュンハシモトではカルペディエムの全てのモデルがオーダー可能のようです。マウリツィオ・アルティエリの元で経験を積んだデザイナーであり、カルペディエム出身のブランドを牽引する橋本氏。

カルペディエム出身のブランドは、増えつつありますが、カルペディエムの世界的ブレークを支えた、最初期のメンバーである、橋本氏は、マウリツィオ・アルティエリのマインドやアティチュードを、近い距離で感じてきた人物であることは、間違いありません。

JUN HASHIMOTOさん(@junhashimoto_)がシェアした投稿 -

デザイナーでありながら、職人であるマウリツィオ・アルティエリの作品は、何処で買うかも重要な気がします。

マウリツィオ・アルティエリのモノづくりに対するスタンスに共感し、イタリアへ渡り、カルペディエムの日本の代理店となる為に帰国した橋本氏。

カルペディエムのフットウエアを購入する場所は、ジュンハシモトが日本では、最も適しているように感じます。

マウリツィオ・アルティエリ(Maurizio Altieri)が変えたファッション界の常識

ラグジュアリーブランド至上主義の崩壊

🐝PH/♠ACRNM addictさん(@zovin_86)がシェアした投稿 -

マウリツィオ・アルティエリはカルペディエムを始め、様々なブランドを通して、ファッション界に一石を投じた人物です。

マウリツィオ・アルティエリは、所謂、”ラグジュアリーブランド至上主義”を崩壊させた人物でもあります。

カルペディエムが、現れる以前は、富裕層は、老舗ラグジュアリーブランドの、プロダクトを身に着ける事が当然であり、ステータスシンボルでもありました。

勿論現在も、ラグジュアリーブランドから、リリースされるプロダクトは、当然の如くハイエンドで、ステータスの高いものが中心ですが、当時は、選択の余地がありませんでした。

つまり、富裕層は、老舗ラグジュアリーブランドを身に着ける以外、ピックアップするものがありませんでした。

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成功者は、誰でも知っている、ラグジュアリーブランドを着る事が常識とされていた、時代に、ラグジュアリーブランドとプライスは殆ど変わらない、レザープロダクトをリリースした無名ブランドのカルペディエム。

トレンドとは、全く関係ない、独自の美学を貫いた、ストイックな佇まいの、レザープロダクトは、感度の高い富裕層にとってはかなり新鮮に映った事は間違いありません。

強気ともとれる、ハイプライスも、カルペディエムの付加価値を上げる手助けをしていたように感じます。

ファッション界の過渡期に現れた、新世代のクリエイター

カルペディエムが、登場した時期は、ファッション界も変革の時期であった事は間違いありません。カルペディエムが、世界的に大ブレークする、1990年代後半から2000年代前半は、ラグジュアリーブランドの若返りが、行われる時期でもありました。

ファッション界の過渡期に登場した、クリエイターである、マウリツィオ・アルティエリ。スポットライトやフラッシュを浴びる、スーパースターさながらのデザイナーから、職人気質のデザイナーへと、世間の関心が移行していた時代の先駆者でもある、アルティエリ。

しかし、彼は、カリスマや、インフルエンサーと呼ばれることには、全く興味がないように感じます。

ハイエンドなエコロジカルガーメントを作り続ける鬼才

なぜなら、彼は、自分が納得したものを作り続ける以外興味のない、真の職人だからです。マウリツィオ・アルティエリが使用するマテリアルは、レザーを含め、全てが、天然素材です。

その理由は、着心地は勿論、”自然に還る事ができる素材”だからです。10年間の放浪生活の中で、自然の偉大さと、環境問題にも着目するようになった、マウリツィオ・アルティエリ。

マウリツィオ・アルティエリの手掛けるプロダクトは、ハイエンドなエコロジカルギアとも言えます。

Rodion Mamontovさん(@rodion_mamontov)がシェアした投稿 -

自然に対しても人に対しても、温かい人物としても、有名なマウリツィオ・アルティエリ。”職人=偏屈”なイメージも、彼は覆してくれているように感じます。

マウリツィオ・アルティエリが今後も更なるファッション界のニュースタンダードを樹立する事は確実です。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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