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ホワイトマウンテニアリング( White Mountaineering )気鋭デザイナー相澤陽介の新たなモードの価値観

”服を着るフィールドは全てアウトドア”という強く明確なコンセプトを掲げた東京ブランドのホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)。そのブランド名とコンセプトから、当初はプロスペックのアウトドアブランドだと、勘違いされていたこともあったと、デザイナーの相澤陽介は言います。ストリートテイストとアウトドアガーメンツを根幹に持つ、リアルクローズとモードをブレンドした、ホワイトマウンテニアリングのガーメンツは、ファッションエディターやファッションフリークの間で爆発的な人気を博しています。現在パリを中心に、コレクションを行う、ホワイトマウンテニアリングは日本のみならず、世界中のファッションフリークを虜にしています。次世代のクリエイターとも称される、相澤陽介は今最も世界が注目する人物の一人です。気鋭デザイナーが創り上げる新たなモードの価値観とは?世界が注目する東京ブランドに迫ります。

Contents / 目次

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)世界中が注目する新生ブランド

デザイナー相澤陽介が導く新たなメンズモードの価値観

日本ブランドが今、世界で高い評価を得ています。その代表ブランドと言っても過言ではない、ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)。ファションジャーナリストやファッションフリークから絶大な支持を得る東京ブランドは、日本のみに留まることなく、世界中から注目を集めています。

ホワイトマウンテニアリングを嫌いな、ファッション関係者はいないとまで言われる、注目のニューカーマーブランドは、現在はコレクション場所をパリに移し、世界のラグジュアリーブランドと同じフィールドで戦っています。

コレクションを発表する場所は、今は何処でも関係ないとは言われますが、やはりパリコレクションにてファッションショーを開催できる事は、ステータスであり、世界の注目度も違います。

2006年にローンチされた、10年弱の東京ブランドは、今ではパリコレクションに於いて最も重要なブランドの一つとして数えられています。

ブランド設立10年目で、パリコレクションでランウェイによるコレクションを行うまでに、急速な進化を遂げた、東京ブランドのホワイトマウンテニアリング。

世界が注目するホワイトマウンテニアリングを率いる若きデザイナーの、相澤陽介は、現在ヨーロッパを中心に、次世代を担う気鋭クリエイターとしてその名を轟かせています。

”服を着るフィールドはすべてアウトドア”というコンセプトを掲げ、独自の視線でリアルクローズとモードスタイルのバランスの取れたワードローブをリリースするホワイトマウンテニアリング。

その独特のブランド名と、掲げたコンセプトにより、プロスペックなアウトドアプロダクツを扱うブランドだと勘違いされたと言うユニークな逸話を持つブランドですが、今では世界中のファッショニスタを陶酔させる、新生ブランドとして浸透しています。

東京のメンズファッションの新たなスタンスを担う注目ブランドであり、世界のモードスタイルの新たな開拓者でもある、相澤陽介。

自身のブランドである、ホワイトマウンテニアリング以外にも、老舗ブランドのクリエイティブディレクターとしても活躍する彼の変わらないスタンスと、譲れないアティチュードとは?

最も気になる東京ブランド、ホワイトマウンテニアリングと、気鋭デザイナー、相澤陽介に迫ります。

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)とは?

2006年に設立された東京のブランド

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)は2006年に設立された日本のブランドです。創立者は、デザイナーである、相澤陽介です。

リアルクローズを強く意識したワードローブである事は、ブランド名からも伺えます。アウトドアスタイルやアウトドアガーメンツに強い関心があったことや、実際に、相澤氏もアウトドアが好きだった事で、”マウンテン”という単語を入れたかったと話す相澤氏。

その結果、アウトドアに特化したブランドだと思われることも当初は多かったと言います。プロスペックのアウトドアプロダクツを扱うブランドとは、かけ離れた位置にあるホワイトマウンテニアリングですが、ハイテク素材を使用した、アウトドアプロダクツをベースとしたワードローブを展開する事も珍しくなく、ハイスペックでスタイリッシュなアウトドアガーメンツは、ホワイトマウンテニアリングを代表するアイテムです。

”服を着るフィールドは全てアウトドア”という強いコンセプト

ランウェイによるコレクションを行うランウィブランドである、ホワイトマウンテニアリングは、毎シーズン掲げるテーマは当然異なります。しかしブランドを発足を以来、相澤氏が掲げているコンセプトは、”服を着るフィールドは全てアウトドア”だと言います。

そしてこのコンセプトはブランドをスタートさせ、10年以上経った今でも変わることはないと、インタビューでも答えていました。

メンズのワードローブに重点を置いたブランドである、ホワイトマウンテニアリングは、相澤氏が実際に着たいと思うスタイルやガーメンツが、テーマとして採用される事も少なくありません。

その為、メンズを重視したブランドだと、相澤氏はインタビューでも答えています。現在レディースのワードローブやコレクションも行っているホワイトマウンテニアリングですが、メンズのデザインの方が得意との事。しかし、相澤氏の手掛ける、レディースのワードローブも世界中で高い評価を得ている事は事実です。

メンズのワードローブや、ガーメンツの面白さは、レディースに比べて、ふり幅の狭い分、国が違っても求めるものは殆ど同じだと、相澤氏は言います。

つまり、アメリカ人もフランス人も、欲しいと思う服や、スタイリッシュに思う着こなしは、我々日本人と変わらないという答えを相澤氏は導き出しました。

その答えが正しかった事は、現在の飛ぶ鳥を落とす勢いの、ホワイトマウンテニアリングが証明してくれています。

最近では日本のメンズブランドや、メンズガーメンツに強い関心を示す、海外バイヤーが多いと言います。

当然、ホワイトマウンテニアリングの活躍が大きく関係している事は明らかです。

ふり幅が狭い分、メンズファッションはこだわりと、ブレない信念が必要です。ストリートスタイルや、リアルクローズを強く打ち出すブランドが増え続ける中、ホワイトマウンテニアリングが高い評価を得続ける理由の一つに、素材使いや細かなガーメンツのディティールにあります。

デザイナーの相澤氏も、「素材とガーメンツのディティールにはかなりこだわりを持っている」と話していました。

相澤氏の強い拘りが、世界中の目の肥えたバイヤーから注目を集め、ホワイトマウンテニアリングは、急速に世界中のファッションフリークに浸透しました。

ショー全体に強い印象を残すホワイトマウンテニアリング

アイテムや一つのルックよりも、ショー全体の印象を残したいと話す、相澤氏。その思いがホワイトマウンテニアリングの、完成度の高いファションショーに繋がっていることは間違いありません。

ホワイトマウンテニアリングは、ファッションショーでのスタイリングも、ファッション関係者から高い評価を得ています。

2009年にショップをオープン、2011年に表参道にフラッグシップショップを移転

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2009年にホワイトマウンテニアリングは、念願のショップをオープンさせます。ブランド、スタートさせ、3年でショップをオープンさせたホワイトマウンテニアリングの勢いは止まりません。

コレクションを行う毎に、確実にファンを増やしていったホワイトマウンテニアリングは、2010年にランウェイ形式のコレクションを発表します。

更に翌年の2011年に、ホワイトマウンテニアリンは、フラッグシップショップを表参道へ移転、さらなる高みを目指します。

2011年にニューヨークでの展示会をスタート

ホワイトマウンテニアリングは、2011年にニューヨークで展示会を発表します。ホワイトマウンテニアリングの、東京コレクションへ訪れる海外バイヤーの数が多くなっていた事もあり、ニューヨークでの展示会が実現したようです。ホワイトマウンテニアリングの海外展示会は大盛況で、海外コレクションへの足掛かりを作りました。

ニューヨークの展示会で成功を収めた、ホワイトマウンテニアリングは、本格的にヨーロッパへ進出する事になります。

2013年ピッティ・ディスカバリー スペシャルイベントにてコレクション発表

ホワイトマウンテニアリングは、2013年の秋冬コレクションを、ピッティウォモで発表します。ピッティウォモのゲストデザイナーとして、招待を受けた、相澤氏は、初の海外コレクションを経験します。

一昔ほどではないにしろ、ドレスブランドのイメージの強い、世界最大のメンズウエアの展示会で、ストリートなリアルクローズウエアを全面に押し出した、ホワイトマウンテニアリングのワードローブは、異様な雰囲気を醸し出していました。

しかし、この違和感は強烈な個性でもあり、色気でもありました。ホワイトマウンテニアリングの初のピッティでのコレクションは大盛況、イタリアで展示会を開くきっかけを作りました。

初のイタリアでのコレクションを行った、ホワイトマウンテニアリングは、同年、パリでも展示会をスタートさせます。

この年はかなり忙しかったと、相澤氏は当時を振り返っています。

2014年に代官山にフラッグシップショップを移転

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海外での評価も高まるホワイトマウンテニアリングは2014年に、現在の場所である、代官山へフラッグシップショップを移転します。

その翌年、パリにてプレゼンテーションによるコレクションを開始します。2015年以降、ホワイトマウンテニアリングは、コレクションの場所をパリに移します。

2016年秋冬コレクションをパリコレ初のランウェイで発表

ブランド設立10周年を迎えた、ホワイトマウンテニアリングは、2016‐17年秋冬コレクションをパリで行いました。ブランドにとってパリでの、初のランウェイショーは大盛況で幕を閉じました。

プレゼンテーション方式2015年からパリでコレクションを行っている、ホワイトマウンテニアリングですが、やはり、ランウェイショーは別物だったようで、約10分間のショーでしたが、かなり疲れたと相澤氏はインタビューで答えていました。

初のパリでのランウェイショーを行うにあたった、様々な考えや葛藤があったと話す、相澤氏。

パリコレクションのランウェイでも、ホワイトマウンテニアリングらしい、リアルクローズスタイルを貫いた、ファションショーは、安定感と、相澤氏の覚悟のような強い思いを感じる事ができました。

アメカジやストリートスタイルを強く意識した、デイリーウエアのレイヤードスタイルは、ブレる事のない、相澤氏のプライドでもあるように感じます。

バッファローチェックのCPOジャケットやポンチョ、そしてパンツ、ネイティブパターンのパーカやバーシティジャケットと言った、90年代のストリートスタイルを髣髴とさせるワードローブの数々は、ヤングセレブレティを中心に大きな反響を呼びました。

ホワイトマウンテニアリングにとって、最もベーシックなワードローブを中心に構成されたように感じる、初のパリコレのランウェイショーは、相澤氏の理想とする、印象に残るショーになった事は間違いありません。

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)の最新コレクションは?

アウトドアスタイルとアメカジをミックスしたリアルクローズモード

1月20日にパリで行われた、ホワイトマウンテニアリングの2018‐19年秋冬コレクションは、ブランドンが掲げる”服を着るフィールドは全てアウトドア”というコンセプトを、明確にブラッシュアップしたようなワードローブと、スタイリングが目立ちました。

グレーやオリーブ、バーガンディ、そして黒、差し色として、山吹色とでも表現したほうが適切なイエローに、パープルの渋い色合いのワードローブが登場した、今回のホワイトマウンテニアリングのコレクション。

シルエットは全体的にやや、ルーズなリラックスした雰囲気のワードローブで構成されていました。アウトドアをイメージしたコレクションでありながら、マウンテンパーカやダウンジャケット一辺倒のコレクションではなく、あくまでタウンユースに映える、アウトドアスタイルを提案。

都会的でリュクスな大人の為のワードローブを展開していました。

後染めしたような洗いの掛かったウールのタータンチェックの素材を使用したロングコートやジャケットそしてパンツは、クラシカルでモダン。ノスタルジックでありながらエレガントな雰囲気が漂っていました。

ニットやダウンベスト、ジップアップブルゾンは、ノルディックパターンをあしらった、懐かしくもストリートな雰囲気が漂うアイテムも多く、スタイリングは、アウトドアスタイルよりも、90年代のユースカルチャースタイルを意識しているようにも感じました。

オリジナルの鮮やかな迷彩パターンも効果的に使われて入り、迷彩パターンのボマージャケットやロングコートはタフでありながら都会的な雰囲気を醸しだしていました。

押さえたトーンとカラーリングの落ち着いたコレクションでしたが、ホワイトマウンテニアリングらしい、柄も効果的に使われていました。ブランドが得意な、チェックや、迷彩以外にも、コンテンポラリーなアートのようなモダンな抽象アート髣髴とさせる、パターンも登場。

ダークトーンのワードローブに、カラフルなアートパターンが彩りを添え、ノーブルなモードスタイルを創り上げていました。

アクセサリーと実用性を兼ねたカラビナの使い方

カラビナの使い方も印象的で、ニットやパンツにセットされたカラビナは実用的であることは勿論、アクセサリーとしても強い存在感を放っていました。

ホワイトマウンテニアリングが得意とする、ギミックに富んだコレクションであり、スタイリングに、90年代を意識したユースカルチャースタイルが、絶対的な強さを醸し出していました。

腰に巻いたニットやネルシャツにスウェットパンツを合わせる着こなしは、グランジな雰囲気と古着をメインとしたアメカジを彷彿とさせます。

リアルクローズのワードローブで、モードな世界観を創り上げる、ホワイトマウンテニアリングらしいコレクションは今回も健在でした。

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)相澤陽介とは?

1977年生まれの日本のデザイナー

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)のデザイナーである相澤陽一は1977年に埼玉県で生まれます。

父親がデザイン関係のオフィスを経営していた事もあり、幼い頃からデザインに興味があったといいます。

相澤氏は、多摩美術大学へ進学します。多摩美術大学の染織デザイン学科を卒業した相澤氏は、コムデギャルソンへ就職、ファッション業界でもキャリアをスタートさせます。

コムデギャルソンでは、ジュンヤワタナベの生産企画部に配属され、後に、ジュンヤワタナベの企画アシスタントとなります。

入社当初は、ジュンヤワタナベのテキスタイルを担当していたと言う相澤氏。自身のブランドでもある、ホワイトマウンテニアリングでも、テキスタイルの評価が高い理由はここにあるように感じます。

ハイエンドで特殊なファブリックを使用することでも知られている、ジュンヤワタナベのテキスタイルを担当していた、相澤氏だからこそ、テキスタイルに対し、強い拘りがあるように思います。

丁度、相澤氏が、ジュンヤワタナベに配属された頃、ジュンヤのメンズラインがスタートします。相澤氏は、レディースとメンズ両方のブランドのテキスタイルおよびアシスタントを担当していたようです。

入社3年目ごろにはジュンヤワタナベのメンズをメインとして活動を続けていた相澤氏ですが、約5年でコムデギャルソンを退社します。

勿論、ブランドをローンチする事が目的の、前向きな退社に思われがちですが、当時の相澤氏は自身でブランドを始める事は考えてもなかったそうです。

寧ろコムデギャルソンに一生勤めるつもりだったと、相澤氏はインタビューで答えていました。相澤氏曰く、若かった事もあり、気持ちの余裕がなくなっての退社だったようです。

コムデギャルソンを退社した後、相澤氏は、少しの間、アパレル業界から距離をとります。

肉体労働を経て再度アパレル業界へ

コムデギャルソンを退社した相澤氏は、友人の経営する建設会社で働いていたと言います。建設会社で半年、運送会社半年の、約1年間、アパレルとは全く関係の無い職に就いた相澤氏は、以前よりもアパレルに対する思いが強くなったとインタビューでも答えていました。

アパレルに対する思いが強くなったタイミングで、奇跡的にデザイナーの話が、相澤氏の元へ舞い込みます。

約1年間、敢えてアパレル業界と関わらないようにしていた、相澤氏でしたが、二つ返事で、承諾し、ホワイトマウンテニアリングをローンチします。

こうして、2006年に相澤陽介によるホワイトマウンテニアリングが誕生します。

モンクレールダブリュー(Moncler W)のデザイナーに就任

ホワイトマウンテニアリングをローンチし、快進撃を見せる相澤氏の元にビッグブランドからコラボレーションのオファーが届きます。

相手は、ラグジュアリーダウンプロダクツブランドの雄であるモンクレールです。相澤氏自身もモンクレールのプロダクツには当然興味を持っていました。

2013‐14年の秋冬コレクションで、モンクレールと、相澤氏によるコラボレーションライン、モンクレールダブリュー(Moncler W)が誕生しました。

モンクレールとのコラボレーションで相澤氏は、「美しさやユーザビリティを追求したプロダクツを作りたい」と抱負を述べていました。

モンクレールダブリューはシューズを含め、トータル的なプロダクツを展開、コラボレーション終了の2014‐15年秋冬コレクションまで、多くのファッションセレブを陶酔させてきました。

ハンティングワールドのディレクターとしても活躍

様々なブランドや企業からオファーの話が耐えることのない、相澤陽介。現在、ハンティングワールドのクリエイティブ・ディレクターとしても活躍しています。

ハンティングワールドがランウェイによるコレクションを行うというニュースは世界中のファッションフリークや富裕層に衝撃を与えた吉報でした。

アメリカを代表するラグジュアリーブランドであるハンティングワールドが、ランウェイを行うトータルラグジュアリーブランドとして昇華させた人物は、相澤陽介だといっても過言ではありません。

なぜなら、ファーストコレクションは、クリエイティブチームで行っていますが、相澤陽介氏の名前をブランド側も発表しているからです。

つまり、ハンティングワールドも、相澤氏のクリエイションによるハンティングワールドの、新たな一歩を期待していたと捉える事ができます。

ハンティングワールドは、1965年に創立されたアメリカのブランドです。

ハンティングワールドの、創立者である、ロバート・M・リーが開発した、バチュー・クロスと呼ばれる、ハイスペックな素材を使用したバッグがアイコニックプロダクツで、バチュー・クロス製のバッグは世界中で大ブレークを記録しました。

日本でも1980年代のバブル時代には、富裕層の間で爆発的なヒットを記録し、コピー品が出回るほど過熱しました。

80年代のバブル時代を経験した大人の富裕層には懐かしく感じるハンティングワールドですが、現在ヤングセレブレティを中心に、バブル景気、宛らの人気を博しています。

その理由の一つに、ランウィイブランドとして生まれ変わった点が、挙げられます。2018年の夏夏コレクションから、ハンティングワールドは、相澤氏を中心とした、クリエイティブ・チームによる、メンズワードローブを発表しました。

ホワイトマウンテニアリングの相澤氏が手掛けた、老舗ブランドの初のランウェイコレクションに注目が集まらないはずがありません。

相澤氏が手掛けた、ハンティングワールドのワードローブは、世界中のファッションジャーナリストやファッションフリークから高い評価を得る事に成功、2018‐19年の秋冬コレクションも相澤氏がクリエイティブ・ディレクターを勤め、ブランドとして、ミラノコレクションに初参加しました。

自身のブランドと老舗ブランドの2つのランウェイブランドのデザインを手掛ける、多忙な日々を送る、相澤氏。

ハンティングワールド以外にも、バートンや、アディダス、そして、英国老舗アウトドブランドのバブアーのコレクションも手掛けています。

今後も、世界中のラグジュアリーブランドや大手企業から、オファーが絶える事は皆無かと思います。

ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)が創り上げるハイエンドなリアルクローズ

世界が認める気鋭デザイナー相澤陽介のブレないスタンス

デザイン、実用性、技術の3つの要素をミックスしたガーメンツやプロダクツを生み出すブランドである、ホワイトマウンテニアリング。

明確なコンセプトとブレる事のない、デザイナー相澤陽介氏のアティチュードとプライドで形成されている、東京ブランドは、現在世界中のファッションフリークを夢中にさせています。

当初、コムデギャルソン出身のニューカマーデザイナーが手掛ける、ブランドと称された、ホワイトマウンテニアリングですが、現在は、世界が注目する気鋭デザイナー、相澤陽介が手掛けるブランドといったイメージのほうが、ファッションフリークの間では定着しているように思います。

老舗ラグジュアリーブランドや、大手アウトドアブランドからもオファーが絶えない、相澤陽介。相澤氏は現在、世界中のファッションフリークが注目するクリエイターであり、正に、次世代を担う若きデザイナーです。

世界で最も多忙な、デザイナーの一人である、相澤陽介。彼の多忙な日々はこれからも続く事が予想できます。

パリコレに於いて注目ブランドである、ホワイトマウンテニアリングの、更なる飛躍に世界中が注目しています。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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