HOLISTIC STYLE BOOK 富裕層向けメディアサイト

ホイットマンの歌 ~「 ホイットマン自選日記 」を読んで ~

ウォルター・ホイットマンはアメリカ文学を代表する詩人です。 今回は『ホイットマン自選日記』からアメリカ文学に限らず、強い楽天性と自由主義によって描かれたアメリカの姿と、そのアメリカを見た一人の詩人の思想を考えていきたいと思います。

ウォルター・ホイットマン

Quote of the Day (Walt Whitman, on the Dog Days of Summer, 1880s NY)

ウォルター・ホイットマンはアメリカ合衆国の詩人であり、随筆家、ジャーナリスト、ヒューマニストといった多彩な顔をもった人物です
誕生は1819年5月31日で、死亡したのは1892年3月26日でした。享年72歳。
超越主義から写実主義への過渡期を代表する人物であり、アメリカ文学に強い影響力があると言われています。
その理由は彼がアメリカの文化と関係するものを描き出す力が非常に巨大からです。
彼が生み出した詩集『草の葉』は当時のアメリカに住む人々の無意識に根差した世界を描き出しました。
強い現実認識を言語化する力は比類がないものがあり、『草の葉』は全てのアメリカ人が現実と論理において、自己の自由を描こうとすることを予言していたのです。
そしてホイットマンの自由、または「自由詩」は彼自身の強さに寄っていました。
そこでホイットマンの強さの源である『ホイットマン自選日記』を紹介致します。

『ホイットマン自選日記』

『ホイットマン自選日記』ウォルター・ホイットマン著 1967年刊行
アメリカの生んだ最初の国民詩人ホイットマンが自ら編んだ日記。

『ホイットマン自選日記』はホイットマンが自分の日記から選んで編まれた作品です。その内容は多岐にわたり、若いころの文学修行、看護師として従軍した南北戦争、同時代の詩人たちの死、等72年の生涯でホイットマンが見たアメリカの現実が非常に高いユーモアと乾いた表現と情熱によって描かれています。
その中でも南北戦争に参加したために死亡してしまった兵士たちを描いた一編『最も勇敢な兵士は世に知られることもなく』を紹介したいと思います。

最も勇敢な兵士は世に知られることもなく

「Prisoners from the Front」Winslow Homer作画 1866年製作

かかる光景について、一体、誰が描くというのだ──一体、誰がこの話を書けるというのだ?数多くの──さよう、幾千もの南北両軍の記録に残らぬ英雄、知られざる武勇、信じがたい程の、とっさの、最高の決死の覚悟について──誰が語るというのだ?これらの勇者中の勇者について──これらの武勲について──かつていかなる歴史も伝えず──いかなる詩も歌わず、いかなる音楽も奏されぬ。形式ばった将軍の報告書も、図書館の書物も、新聞の欄も、南北、東西の、最高の勇者の名を、永遠に止めることはない。ただただ、名もなく、世に知られることもなくとどまるのだ、これら最も勇敢な兵士たちは。わが最も男らしい男たち──わが児たち──わが最愛の勇者たち、彼らを描く絵は一枚もないのだ。おそらくは、彼らの典型的な者は(もちろん、幾百、幾千の者を代表しているのだが、)致命の銃弾を受けるや、かたわらの藪や羊歯の茂みに這いより──木の根や草や大地を、赤い血潮で染めながら、しばしそこに身を潜める──戦いは進み、退き、そこを遠のき、さっと通りすぎ──そしてそこで、恐らく痛みや苦しみと共に、(だが、想像する以上に痛みは軽く、はるかに軽く、)最後の昏睡が蛇のように彼に捲きつく──目は死のためにどんより曇り──気にかけてくれる者とてなく──恐らく一週間もして、休戦になっても、収容隊はこの奥まった場所を探しはしまい──そこで、ついに、「最も勇敢なる兵士」は、母なる大地に崩れ行く、葬られることなく、世に知られることもなく。

『ホイットマン自選日記』における南北戦争

ウォルター・ホイットマン『おれにはアメリカの歌声が聴こえるー草の葉(抄)』光文社古典新訳文庫

『ホイットマン自選日記』には南北戦争に参加した若い男性たちが兵士となり、死んでいく姿が描かれています。
その兵士たちの姿を描いた日記のタイトルには『典型的患者たち』『コネティカットの一患者』『ブルックリンの二青年』『南軍の一勇士』『チャンセラーズヴィルからの負傷兵』『重傷──青年』『ニュー・ヨーク出身の一兵士』『ウィスコンシンの一将校の死』と具体的に個人の死が描写されています。
これらの表現には兵士の死があり、一人の青年の死があり、彼らの死が戦争によってもたらされたことであることが具体的に描かれています。
そして、ただ哀しみがあるというよりも、そこには兵士≒若い男性の死に対する看護師としての乾いた自意識と、詩人が持つエロティシズムが感じられるのです。
それはホイットマンが性的表現をあからさま≒肯定的に描く詩人であることと関係があるのではないでしょうか。
そこでホイットマンの詩の持つわいせつ性と楽天性について考えてみたいと思います。

ホイットマンの詩のわいせつ性と楽天性について

ウォルト・ホイットマン(37歳)。『草の葉』Fulton St., Brooklyn, N.Y. の口絵。ガブリエル・ハリソンによるダゲレオタイプ(原本逸失)を基とするサミュエル・ホルヤーによる鉄版画です。

ホイットマンの詩集『草の葉』は発表された当時は作品に対する評価が大きく分かれていました。その中でも否定的な意見が擁するのは、「性的表現があからさま」であり「わいせつ」であることだったそうです。
『草の葉』が発表されたのは1855年。初版の詩集は題名のない12編の詩を収めたもので、サミュエル・ホルヤー(Samuel Hollyer)によるホイットマンの版画が口絵に載っているのみでした。
『草の葉』は「不適切な性的表現」によって注目を集めましたが、ホイットマンの詩は大衆的であることを大前提に書いているため、自由詩の形式を利用しつつ、その自由さは、寄り大衆的なわいせつなまでの自由を、あからさまな性的表現をとる必要があったのではないでしょうか。
ホイットマンの詩を読んだ弟は「読むに値しない」と言っていたそうですが、ホイットマンは『草の葉』にさらに20編の詩を新たに追加して第二版の発売をしていました。
そしてホイットマンは『草の葉』を何度も改訂・再版を重ねています。
一つの詩集をこれほどまで、繰り返し改訂・再版をしたのは何故でしょうか。それは『草の葉』がアメリカの無意識を体現していることをホイットマンは知っていたからです。
この無意識なまでの楽天的な繰り返しこそわいせつな行為であり、ホイットマンは繰り返すことのわいせつ自体を伝えるには、自分自身の詩を繰り返し多くの人の伝えるため、幾度も再版する必要があったのではないでしょうか。

いかがわしい肯定感

ホイットマンとピーター・ドイル。ドイルはホイットマンと親密な関係にあったと信じられている人物の一人です。

人の持つ自然さとはエロティシズムとは実は遠く離れていて、あくまで自然な行為こそ人の自然です。
そこでホイットマンのセクシュアリティについて考えてみたいと思います。
セクシャリティといった概念自体、1868年に生まれたものであり、ホイットマンのセクシャリティ自体を、異性愛者や同性愛者、両性愛者といった枠組みで考えるのは非常に困難なことです。
それは同時代において、まだセクシャリティといった概念や思想が存在しなかったからです。だからこそ、作家の性的行動を拠り所にして『草の葉』のポルノグラフィー的な側面を強調することがあるのだろう。
当時、ホイットマンに対して記者がセクシャリティについての質問をしたそうですが、ホイットマンは返答を避けたり、疑惑の否定を行っている。
このことから、ホイットマンは自身思想において性的行動を行っていたのではなく、ごく自然にそのような行動をしていたのではないでしょうか。
もちろん「無意識」もまだ存在していません。
ホイットマンの人生やセクシャリティにはまだ、具体的にホイットマンを完全に概念化する意見は存在しません。
そこには常に何らかの対立意見が存在します。ホイットマンが異性愛者や同性愛者ではなく、両性愛者と言われているのもそのせいだろう。
どちらか一方ではないかもしれないが、どちら一方とも言い切れない行動原理。
このわからない行動原理にこそ、いかがわしさが感じられます。
しかし『草の葉』の初稿から、そのような表現があるからこそ、誰もが作家としてのホイットマンにいかがわしさを覚えながらも否定することがありません。
いかがわしい肯定感がホイットマンの詩人としての現象であり、その詩人の唯一の詩集『草の葉』がアメリカを象徴してしまうのは、そこにこそ自由であることの本質が表れているからです。

Are You Gonna Go My Way(自由への疾走)

エイブラハム・リンカーン(1863年撮影)

ホイットマンはアメリカ合衆国の奴隷制の維持に反対をしていました。
しかし奴隷制廃止運動家(アボリショニスト)ではありませんでした。それは奴隷制廃止運動自体が益よりも害が多いとみなしていたからです。
余りに過激で専横的な態度は目的の達成を遅らせてしまいます。非常にわかりやすく、自分の利益つまり思想を優先させるため、国全体の利益が見えなくなってしまっている、とホイットマンは指摘しています。
多くの拒絶を体験してきた詩人だからこそ、見えている光景があったのではないでしょうか。また、ホイットマンは自由なアフリカ系アメリカ人でも投票させることを認めない見解を支持していました。
ホイットマンは、アフリカ系アメリカ人が、奴隷として同朋が扱われている姿を知っていること自体が問題として捉えていたのではないでしょうか。
バラク・オバマが大統領になった現代では考えられない思想です。
この思想におけるブレこそ、ホイットマンの奇妙な所ですが、支配階級の白人の意識が変わらなければ、国の思想自体が変わらないと考えていたのかもしれません。

ホイットマンの歌

今回は『ホイットマン自選日記』を読み、ホイットマンの歌に関して考えてみました。
彼の詩や日記は自然や現実に基づいて創造されていますが、悲観的にはならずに、楽観主義を貫き通しています。だからこその歌なのです。
彼の歌は、いまでもアメリカ合衆国の中で聞こえているでしょうし、実は世界中にも聞こえています。
それこそが歌の効力だし、もしアメリカ合衆国にホイットマンという歌手がいなければ、現在ほどアメリカという国は知られなかったかも知れません。
『ホイットマン自選日記』は文学の知と文学を読むことの楽しみを教えてくれる書物です。
暇なときに一遍だけでも読んでみてはいかがでしょうか。
それでは、良い休暇を。

INTRODUCTION of THE WRITER

家出猫町
name. 家出猫町
家出をして猫町に住みたい。

RELATED

ウォルター・ホイットマンはアメリカ文学を代表する詩人です。 今回は『ホイットマン自選日記』からアメリカ文学に限らず、強い楽天性と自由主義によって描かれたアメリカの姿と、そのアメリカを見た一人の詩人の思想を考えていきたいと思います。