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プラダ(PRADA)ラグジュアリーリアルクローズとミニマリズムのトレンドセッターに迫る

1980年代”ポコノ”と呼ばれるナイロン製素材に三角のプレートをつけたバッグで一世を風靡したプラダ。 軍事用品を扱う工場で見つけた、軽くて丈夫なナイロンを使用したバッグは新たなトレンドを打ち出し、レザー一辺倒だったラグジュアリーバッグの価値観を根底から覆しました。老舗ラグジュアリーブランドのプラダ一族に生まれたミウッチャ・プラダの手掛けるラグジュアリーなリアルクローズスタイルは90年代”ミニマリズム”として一大ムーブメントを起こしました。現在もトレンドセッターとして流行を発信し続ける老舗ラグジュアリーブランドを徹底解析いたします。

プラダ(PRADA)ミニマリズムとリアルクローズのパイオニアブランド

絶対的トレンドセッターのミウッチャプラダの感性

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80年代、黒のナイロン製バッグに三角のプレートの付いたバッグが感度の高い女性の間で一大ムーブメントを起こします。

ご存知プラダのナイロンバッグです。ラグジュアリーブランドのバッグといえばレザー素材が当たり前だった時代にルイ・ヴィトンと共にレザー素材以外のバッグで一世を風靡したプラダ。

このナイロン製のバッグを手掛けた人物こそがプラダグループを再建した、ミウッチャ・プラダです。

”ポコノ”と呼ばれるナイロン素材は元々は軍事用品に使用されていたファブリックでした。ミリタリーitemを生産する工場でポコノに出会ったミウッチャはこの素材でバッグを作ることを思いつきます。

軍事用ナイロンであるポコノは軽くて丈夫、ナイロン素材のため撥水性にも優れています。ミウッチャはキャリアウーマンの為のデイリーに使えて知的でスマートなバッグを軍事用ナイロンを用いて生産しました。

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ミウッチャがプラダグループを引き継ぐ際に、新たなアイコニックitemを模索していて、偶然出合ったナイロン素材。ミウッチャは運命めいたものを感じたのかもしれません。

レザー素材に変わる新たなラグジュアリーバッグを軍事用ナイロンで作る。今までのファッション業界の常識を覆す発想で誕生したプラダのナイロンバッグは空前の大ヒットを記録しました。

ミウッチャの思惑通り、高感度なキャリアウーマンはプラダのナイロンバッグをビジネスバッグとして使用。それまでのカジュアルなイメージが強かったナイロン素材のバッグは、ラグジュアリーで都会的なイメージをファッショニスタに植えつけました。

レザーよりもラグジュアリーなプラダのナイロンバッグ

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感度の高いキャリアウーマンから火が付いたプラダのナイロンバッグ。80年代から90年代日本でも大ヒットを記録しました。

重たいレザーバッグを持つよりも軽くてデイリーなプラダのナイロンバッグを持つことがスタイリッシュであり、都会的。プラダのナイロンバッグはヤングセレブレティーのステータスシンボルとなりました。

ナイロンバッグは世界中の女性に愛され、プラダの名前は急速に浸透しました。”ナイロンバッグ=プラダ”のイメージが定着したのは日本だけではないはずです。

プラダのナイロンバッグが最も人気のあった、90年代はかなりコピー品が出回りました。

プラダのナイロンバッグは、ミウッチャ・プラダのトレンドセッターとしての足掛かりとなりました。

現在でもプラダを代表するアイコニックitemであるプラダのナイロンバッグ。毎シーズンリリースされる永久定番でもあります。現在はバッグ以外にも軍事用ナイロンを使用したウエアも生産しています。

ナイロンバッグでその名を轟かせ、ウエアでトレンドセッターとしての地位を確立

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ナイロンバッグで絶対的な知名度を浸透させたプラダはプレタポルテによるウエアをリリースします。元々プラダは品質の高いレザーを扱うインポートショップでした。オリジナルブランドとして確立してからも、プラダはバッグがメインのブランド。

シューズやウエアはミウッチャ・プラダがデザイナーに就任してから始まったプロジェクトでした。上質なレザーを使用したレディースシューズを85年に発表、88年にはレディースのプレタポルテによるウエアをリリースします。

ミウッチャがプラダのデザイナーに就任して約10年でプラダはトータルブランドとして革命的な改革を遂げました。

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プラダのリリースしたシューズはヒールやトゥに特徴を持たせましたが、上質なレザーのよさを前面に打ち出す為に、極力シンプルなデザイン。しかし足が美しく見え、歩きやすさも考慮したプラダのシューズはセレブやファッショニスタの口コミにより大ヒット。プラダはバッグ同様に富裕層のリアルクローズシューズを提供するブランドとして認知されます。

プラダムーブメント、冷め遣らぬ中、レディースのプレタプルテラインを発表します。ラグジュアリーなリアルクローズウエアを打ち出したプラダ。ファッション界にミニマリズム旋風を巻き起こします。

プラダ(PRADA)を現在のカタチの創り上げた人物

パトリツィオ・ベルテッリ(Patrizio Bertelli)

プラダがトレンドセッターとして揺ぎ無い地位を獲得したのは疑う余地なく、ミウッチャ・プラダの手腕です。生まれながらにトレンドセッターとしての感性を持ち合わせていたミウッチャ。名門、プラダグループに生まれた彼女は、物心付いた時から、上質な物に囲まれ、一流という物に触れてきました。

ラグジュアリーブランドを構築する上で富裕層と近い感性は間違いなく必要です。贅沢を知らない人間が当たり前に贅沢をしている人間の求めるものは生み出せません。

ミウッチャがラグジュアリーブランドのデザイナーとして資質を持つ合わせていた事は、彼女の家庭環境からも見ても疑う余地はありません。

しかし、現在のプラダのカタチは彼女一人で構築したわけではありません。

現在のプラダを創り上げた人物は現在プラダのCEOであるパトリツィオ・ベルテッリです。パトリツィオ・ベルテッリはミウッチャプラダの配偶者でもあります。

プラダが現在のようなトータルウエアを扱うビッグブランドとして成長した影にはパトリツィオ・ベルテッリの助言がありました。

ミウッチャ・プラダがナイロンバッグをリリースし世界中の女性の新しいスタンダードを確立させた直後に、プラダのシューズラインのローンチを提案したのが、パトリツィオ・ベルテッリでした。

元々様々なレザーを扱うイタリア屈指のインポートレザーブランドのプラダは、ミウッチャがデザイナーになる以前から、上質なレザーバッグはメインitemでした。

バッグに使う上質なレザーでシューズを作る事を思いついたパトリツィオ・ベルテッリはミウッチャにプラダのレディースシューズ事業を提案するもなかなか、首を縦に振りません。

ミウッチャの打ち出したナイロンバッグは世界的に大ヒットを記録し、プラダの業績もうなぎ上りだった時期、好調な会社の業績を悪化させるかも知れない、新規事業に難色を示すのは当然とも言えます。

度重なる説得の末、ミウッチャは渋々、レディースシューズ事業に乗り出します。しかし、ミウッチャの不安を他所に、プラダのレディースシューズは大ヒット。現在もプラダのフットウエアはレディーズ、メンズ共に富裕層から絶大な支持を得ています。

レディースシューズ事業でも大成功を収めたプラダはプレタプルテラインを発表するまでのビッグブランドへと成長します。

その間約10年。勿論ミウッチャプラダの洗練されたデザインが、プラダを支えていることは間違いありませんが、パトリツィオ・ベルテッリの経営者としての手腕は世界中からも注目されています。

現在もブランド経営のスペシャリストやコンサルタントとしてパトリツィオ・ベルテッリの名前が頻繁意登場します。

プラダをビッグブランドへと導いたパトリツィオ・ベルテッリとの出会いは?

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ビッグブランドを創り上げたビッグカップルである、ミウッチャプラダとパトリツィオ・ベルテッリ。プラダという老舗ラグジュアリーブランドをここまでのビッグブランドへと急成長させたミウッチャとパトリツィオ。

公私共にパートナーの二人の出会いはある意味、運命的とも言えます。パトリツィオ・ベルテッリはプラダのバッグのデザインをコピーして展示会に出品していました。その噂を聞きつけたミウッチャがパトリツィオ・ベルテッリへ抗議に出向きます。これが初めての出会いです。

本当ならここから関係がよくなることはありません。しかし、ミウッチャプラダは、パトリツィオ・ベルテッリの会社と契約を結びます。理由はパトリツィオ・ベルテッリの扱うレザー製品の品質の高さに驚いたとも言われています。

程なくし二人はプライベートでもパートナーとなり、ビッグブランドプラダへの再建に力を合わせます。

プラダ(PRADA)のメンズラインの誕生は?

1995年にローンチ

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レディースのトータルラグジュアリーブランドとしてファッショニスタやセレブレティーから絶大な支持を得ていたプラダがメンズラインをローンチしたのが1995年。

プラダのメンズラインローンチにもあまり積極的ではなかったミウッチャプラダ。ここでもパトリツィオ・ベルテッリの説得が大きかったようです。

プラダのメンズラインでは、レディース以上にミニマムでハイエンドなリアルクローズを強く打ち出しました。都会的でハイエンドなリアルクローズスタイルがプラダのお家芸となり、今までにはないラグジュアリーなデイリーウエアは当然の如く大ヒット。プラダのノーブルでミニマムなスーツはヤングセレブレティーを中心に大ブレーク。

襟の小さなシャツにナロータイを結びナチュラルショルダーのジャケットを羽織る何処となくボーイズライクなメンズスタイルは、世界中のファッショニスタの間でまるでコスチュームの如くヒットしました。

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90年代にハード過ぎないレザージャケットやレザーパンツをリリースし、ヒットさせたのもプラダでした。ミニマリズムというスタイルをトレンドとして確立させ、現在も続くラグジュアリーリアルクローズのパイオニアは間違いなくプラダです。

プラダ(PRADA)メンズラインを手掛けた人物とは?

ニールバレット(Neil Barrett)

メンズラインもパトリツィオ・ベルテッリが説得するカタチで始まったプロジェクトでした。しかし、メンズラインをローンチする上でパトリツィオ・ベルテッリ以外にも強く後押しする人物が登場しました。

1994年にプラダに移籍したニールバレットです。 ドーン・メロー、トムフォードと共に絶命寸前のグッチを救った人物としてファッション界にその名を轟かせていたニールバレット。

パトリツィオ・ベルテッリとミウッチャプラダもニールバレットの才能に陶酔した人物でした。

ミウッチャからの熱烈なラブコールによりプラダに移籍したニールバレットはメンズラインの立ち上げをパトリツィオ・ベルテッリと共にミウッチャに提案。

翌年の1995年にニールバレットをデザイン・ディレクターとしてプラダのメンズラインを立ち上げます。

プラダの都会的でミニマムなペルソナ像を創り上げた人物は間違いなく、ニールバレットです。

モノトーンにアースカラーをプラスした色使いを中心に、上品でミニマムなデザインのメンズウエアはラグジュアリーなリアルクローズとして富裕層を中心に大ヒットを記録します。

ここまでシンプルなコレクションウエアは1990年代半ばには存在しなかったはずです。ゴージャスでアバンギャルドなデザインは皆無のプラダのメンズウエア。しかし、ただシンプルなだけではなく、ノーブルで絶対的な強さが感じられるリアルクローズでした。

ニールバレットがプラダを去った今でもプラダのメンズウエアの根源にはノーブルで絶対的な強さが感じられます。

リアルクローズをここまでラグジュアリーに昇華できるブランドはプラダ以外には考えられません。今では当たり前となった、ラグジュアリーリアルクローズのパイオニアはプラダであると断言できます。

プラダ(PRADA)の現在のデザイナーミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とは?

創立者マリオ・プラダの孫娘

2005年に最も偉大な7人のデザイナーの中に選ばれたミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)は1949年にミラノで誕生します。

イタリアの老舗ラグジュアリーブランドであるプラダ創立者のマリオ・プラダの孫娘にあたります。本名はマリア・ミウッチャ・プラダ、マリオプラダの娘を母に持ちます。

海軍将校の父を持ち厳格な家庭に育ったミウッチャプラダ。ファッションには幼い頃から興味はあったようですが、それは幼年期の厳格な家庭への反発からでもあったようです。

ミウッチャプラダは自身がプラダを引き継ぐとは考えていなかったようです。ミウッチャはミラノ大学に進学、ファッションではなく政治学で博士号取得しています。

78年にプラダグループに入社するも成り行きに任せた結果、政治活動行っていた彼女にとってファッション業界は未知の領域でした。

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しかし、ラグジュアリーブランド創立者の血とDNAはミウッチャに受け継がれていました。80年代に発表したナイロンバッグでニュートレンドを樹立したミウッチャプラダ。歴史あるプラダをトレンドセッターへと押し上げる礎を築きました。

ミウッチャプラダのファッションの根源にあるのは抑圧からの開放です。つまり自由を表現するものがミウッチャの中でのファッションなのです。

ミウッチャが敬愛するデザイナーとしてよく名前の挙がるイヴ・サンローランとソニア・リキエル。そして静かな彼女の反骨精神を支えるヴィヴィアン・ウエストウッド。

トレンドよりもマイノリティーなスタイルを愛する彼女にとって唯一無二のデザイナーに心惹かれるようです。

昔ほどではないですが、殆どメディアに姿を現さないミウッチャプラダ。「ファッションは好きだけどあくまでライフスタイルの一部」と語る彼女。

彼女が手掛けるプラダがあくまでもリアルクローズを追及する答えがそこにあるように思います。

プラダ(PRADA)の歴史とは?

1913年に創立した”プラダ兄弟”からスタート

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1913年にマリオ・プラダとマルティーノ・プラダがミラノに”プラダ兄弟”をオープンさせます。これがプラダの始まりです。

マリオプラダとマルティーノ・プラダは実の兄弟。そしてマリオプラダはミウッチャプラダの祖父にあたります。

元々、ハイエンドなバッグを扱うインポートレザーショップとしてオープンしたプラダ。世界中から珍しいレザーが揃うショップとして貴族ご用達。

クロコダイルのスーツケースや象のトランクなどのラインナップも充実していたそうです。ラグジュアリーな旅行カバンやパーティーバッグを扱うプラダの評価は著しく高く、王室ご用達のバッグブランドとしてイタリア中にその名を轟かせます。

ハイエンドなレザーを用いた高級バッグブランドの噂はイタリアはもとより、ヨーロッパの全土の王侯貴族にも広まります。

プラダのバッグを持つことは富の証となり事業は大成功順調に2店舗目をオープンさせます。順調に見えたプラダにも戦火の足音は忍び寄ります。

戦争により夢途絶えた店舗拡大

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戦争は歴史も文化も奪います。戦争真っ只中のプラダのラグジュアリーなバッグは時代錯誤の代物とみなされます。プラダにとっても最も不運は時代とも言えます。

予定していた3店舗目の出店は白紙、そしてミラノ本店も戦火の渦に巻き込まれました。様々な要因が重なり、売り上げは激減。創立者マリオ・プラダは志半ばでこのよう去ります。順調に2店舗を運営していたプラダでしたが、マリオ・プラダが死去する直前に2号店も閉店しました。

正に瀬戸際のプラダはマリオ・プラダの娘達によってどうにか存続している状態でした。ハイエンドなラグジュアリーバッグから中流階級向けのバッグにシフトをチェンジ。

安定した経営を続けていましたが、かつての繁栄とは程遠い位置でくすぶっていました。”かつてのラグジュアリーブランド”のレッテルを剥がし、トレンドセッターのラグジュアリーブランドとして成長させたのはミウッチャプラダであることは言うまでもありません。

90年代のプラダはフェンディやヘルムートラング、ジルサンダーやチャーチをも傘下に抱え込むビッグブランドへと成長しました。

現在は手放していますが、店舗数は全世界で500店舗以上。この店舗数は世界でトップ5に入ります。創立者のマリオ・プラダが成しえなかった3店舗を孫娘のミウッチャは40年足らずで150倍以上まで店舗数を増やしました。

デザイナーとして以外にもミウッチャの経営者としての手腕にも感服します。

プラダ(PRADA)2017-18年秋冬のメンズコレクションから見る未来

ノスタルジックなリアルクローズ

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2017-18年秋冬のコレクションがミラノで行われたプラダ。コーデュロイパンツに深めのVネックニット、そしてシャツを合わせたシンプルすぎる着こなしが、逆に新鮮なプラダのメンズコレクション。ブラウンを多用したウォームな雰囲気のコレクションは、完全なるリアルクローズ。

よりミニマムなウエアを強く打ち出したプラダ。これがミウッチャプラダの見据える未来のメンズスタイルのカタチのようです。

カントリーな雰囲気やミリタリーitemが目立つ今回のコレクションはデイリーに活躍してくれるitemが目白押し。

流石はリアルクローズのパイオニアのプラダです。コーデュロイのサファリジャケットやハンティングジャケットは貴族が優雅にハンティングを楽しむときに着用していたようなノスタルジックでノーブルな雰囲気が伝わってきます。

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ミニマムでハイエンドな70年代風のラグジュアリーカジュアルを連想させるプラダのメンズコレクション。今回もプラダの十八番である上質なレザーウエアは注目の的でした。触れなくても、しなやかさが伝わってくるステンカラーのレザーコートやテーラードジャケットはコンパクトでスポーティーな印象も醸し出していました。

ラグジュアリーな素材を使いスポーティーさやカジュアルさを演出するミウッチャプラダのテクニックが今回は際立って光っていました。

レザーitemが特に際立った今回のコレクションの中で、タイト過ぎないレザーパンツをロールパンツしてコンパクトなレザージャケットに合わせるスタイリングは印象的でした。

ミニマムなスタイルに強さを感じるプラダ独特のスタイルのように感じます。

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全体を通してシンプルなウエアが多かった2017-18年のプラダのメンズコレクション。スタイリングも奇をてらわないリアルクローズを提案。

シンプルなスタイリングやウエアは素材の良さやシルエットが非常に目立ちます。素材の良さやカッティングのよさに自身があるプラダだからこそなせるテクニックの一つです。

シンプルなストレートのコーデュロイパンツやツイードやフラノ素材のスラックスが中心のプラダのボトムス。印象的だったのはレングスの長さ。少し長めに余裕を持たせたレングスが新鮮。野暮ったくも見えるルーズな足元はシンプルなトップスとのバランスが抜群。

スタイリングの素晴らしさもプラダの魅力でもあります。ルーズなレングスのボトムスは今後のメンズファッションのトレンドにもなりそうです。

ルーズな裾をワンロールするスラックスの穿き方もスタイリッシュでした。

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比較的シンプルなウエアと対照的だったフットウエアやアクセサリー。ボリューム感のあるアンティーク調のタッセルタッセルローファーやファーあしらったチロリアンシューズのようなフットウエアもファッショニスタの注目の的でした。

ファーを使ったitemが目立った今季のプラダのメンズコレクション。ファーをあしらったベルトも印象的です。フォークロアな雰囲気のファーをベストのようにあしらったレザージャケットにフェザーネックレスを合わせたスタイリングも今までのプラダにはない挑戦のように感じました。

カントリーとフォークロアそしてミリタリーを融合させたリアルクローズを提案した2017-18年のプラダのメンズコレクション。

メンズスタイルに必要なリアルクローズメインではあったのですが、何処となくジェンダーレスな繊細さが感じ取れました。

プラダ(PRADA)というビッグブランドの未来

トレンドセッター、ミウッチャプラダの静かの反骨精神

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正式な服飾の教育を受けることなくファミリーブランドに入社。そしてプラダ史上最もプラダを繁栄させた人物であるミウッチャプラダ。

ファッションは楽しむものであり、生活の全てではないと断言する絶対的トレンドセッター。人と違ったファッションやitemを好む子供だったと語るミウッチャ。

何不自由ない生活の中で培った静かな反骨精神で、新たなトレンドを次々と生み出しました。著名なファッションエディターは言います。

ミウッチャプラダの存在こそがトレンドだと。

このシンプルな言葉に世界中のファッショニスタは頷くしかありません。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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