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バルマン(BALMAIN) フォトジェニックなカリスマ オリヴィエ・ルスタンが手掛けるロックラグジュアリー

若きファッショニスタや、ファッションエディターを虜にしているブランドのバルマン。ファッションセレブご用達ブランドとして、ヤングセレブレティの間で驚異的な人気を誇るラグジュアリーブランドです。数年前、H&Mとのコラボレーションでも話題をさらったバルマン。フランスの老舗ラグジュアリーブランドが、世界的規模の、ファストファッションブランドとコラボレーションを行う奇跡に、多くのファッショニスタが歓喜の声を上げました。このコラボレーションにより、バルマンの知名度は若い世代に、急速に浸透しました。様々なアプローチで、バルマンを注目ブランドへと、復活させた、若きデザイナーの、オリヴィエ・ルスタン。ファッションアイコンでもある、鬼才が手掛ける、飛ぶ鳥を落とす勢いのバルマン。今回はバルマンを徹底解析いたします。

ヤングセレブレティご用達のバルマン(BALMAIN)

最もSNS栄えする、ラグジュアリーブランド

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今、ファッションエディターや、ヤングセレブレティを中心に、絶大な支持を得ている、バルマン(BALMAIN)。ファッショアイコンや、世界的ファッションセレブが、こぞって愛用するブランドとしても、浸透しています。

バルマンは、フランスの老舗ラグジュアリーブランドです。フランスを代表する、老舗メゾンは、今最も、SNS栄えする、ラグジュアリーブランドとも呼ばれています。

ファッション界では、雑誌以上に、影響力があるといわれる、カリスマ、ファッションアイコンのSNS。

絶大な影響力のある、ファッションアイコンが、バルマンのウエアを着用し、写真をSNS上に投稿。それを見たヤングセレブレティや、ファッショニスタがこぞって、バルマンのウエアを買い求める現象が起きています。

グラマラスで、ロック色の強い、バルマンのウエアは、SNS栄えもよく、ファッショニスタは、バルマンのウエアやitemを購入しては、SNSに投稿するという作業を繰り返します。

これにより、バルマンの知名度は、ヤングセレブレティにも、浸透していったように感じます。

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今では、ヤングセレブレティやファッションエディタを陶酔させている、バルマンですが、実は、数年前まで、バルマンの存在を知らなかった、若き富裕層も少なくありません。

30代から40代の富裕層には、バルマンのイメージは、皆無に近いのではないでしょうか?名前だけは知っている、そんなイメージしかない、フランスのラグジュアリーブランドを、トレンドセッターとして、輝かせた人物が、現在のクリエイティブ・ディレクターのオリヴィエ・ルスタンです。

バルマンの救世主である、若き天才デザイナーである、オリヴィエ・ルスタンは、全く新たな、新生、バルマンを構築し、ヤングセレブレティを中心に、バルマンというブランドを、根付かせることに成功しました。

バルマンが、ここまでの注目ブランドとなったのは、オリヴィエ・ルスタンが、バルマンのデザインを手掛け始めた、2011年以降。

そのとき、オリヴィエ・ルステンは、なんと25歳という若さでした。その若さで、ラグジュアリーブランドの、舵取りを任された、天才デザイナー。

しかし、若き天才は、老舗ブランドの重圧など、微塵も感じさせない、フレッシュで、モダニズム溢れるバルマンを立ち上げました。

新進ブランドといっても、過言ではないほど、イメージを変えた、バルマンに、多くのファッションエディターは、衝撃を受けました。

それと同時に、新生ランバンを手掛ける、若き天才デザイナーに注目が集まるは、当然の成り行きです。

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セクシャルで、グラマラスな、ラグジュアリーブランドとして、バルマンを生まれ変わらせた、天才デザイナーは、時代の寵児となったことは、火を見るよりも明らかです。

若き感性で、老舗ブランドを再構築させた、オリヴィエ・ルスタン。バルマンのクリエイティブ・ディレクターであり、ヤングセレブレティの、カリスマ的ファッションアイコンでもある、オリヴィエ・ルスタン。

セレブレティとの華やかな、交友関係も、新生、バルマンのトレンドセッターとしてのイメージ作りに、大いに貢献しているように、思います。

老舗ブランドを、新たな視点から構築し、ブレークさせる、新世代の、カリスマデザイナーである、オリヴィエ・ルスタン。

世界中が、注目する若き鬼才に迫ります。

バルマン(BALMAIN)のフォトジェニックなカリスマ、オリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)

フォトジェニックな新生カリスマ

「エディ・スリマンが、ディオール・オムを立ち上げた時を髣髴させる」メディアや、世界中のファッションエディターが、この、オリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)を賞賛しました。

次世代の、若きカリスマの登場に、世界中が息を呑みました。若干25歳で、フランスのビッグブランドである、バルマンを背負った、オリヴィエ・ルスタン。

バルマンをトレンドセッターへと、昇華させ、ファッションセレブに、ランバンのウエアを浸透させた人物ですが、瀕死の状態だった、バルマンを救ったのは、オリヴィエ・ルスタンの前任者である、クリストフ・ドゥカルナンです。

歴史ある、名門ブランドのバルマンも、名前だけの、中身のない、ブランドとなり、倒産。かつてのラグジュアリーブランドは、富裕層や、ファッショニスタから、完全に忘れ去られていました。

デザイナーの定まらない、バルマンは、再建は不可能とまで言われていました。その、バルマンを蘇生させた人物が、フランス人デザイナーの、クリストフ・ドゥカルナンです。

クリストフ・ドゥカルナンは、クチュールメゾンとしての、バルマンのイメージを大きく覆す、プレタポルテコレクションを発表。大きな注目を集めることに成功しました。

現在のバルマンの、アイコニックitemである、バイカーズジャケットや、クラッシュデニムは、クリストフ・ドゥカルナンが、ランバンの再構築の為に選んだitemです。

現在の、バルマンの、クリエイティブ・ディレクターである、オリヴィエ・ルスタンの、コレクションにも、頻繁に登場する、バイカーズスタイルは、オリヴィエ・ルスタンの、好みでもありますが、バルマンを蘇生させた、クリストフ・ドゥカルナンへの、敬意も含まれているように感じます。

自らバルマンを纏い、SNSに登場

オリヴィエ・ルスタンはフォトジェニックな、デザイナーとしても、知られています。端正な顔立ちと、鍛え上げられた身体には、官能的でグラマラスな、バルマンのウエアが、よく似合います。

自身のSNSのフォロワーの数も、ハリウッドスター並みに多く、カリスマ的人気を誇っています。ファッションセレブとして、華やかな私生活を、SNS上にアップする、オリヴィエ・ルステン。

自身のタレント性や、パブリックイメージをよく理解している、クレバーな頭脳の持ち主でもあります。

オリヴィエ・ルスタンのSNSには、頻繁にファッションセレブレティが登場します。オリヴィエ・ルスタンと共に、バルマンのウエア身に着けた、セレブの写真を、SNS上にアップすることで、バルマンの華やかで、スタイリッシュなイメージを多くの、ファッショニスタに知らしめました。

”バルマン=セレブ御用達ブランド”のイメージを定着させた、要因に、オリヴィエ・ルスタンのSNSが貢献していることは、間違いありません。

ラグジュアリーブランドのPRに、自身のSNSを使うという発想も、若きデザイナーならではです。

実際に、オリヴィエ・ルスタンがSNS上で身に着けた、ウエアは、瞬時に完売することでも知られています。

ブラックジャケットのインナーに、タンクトップをあわせ、オールブラックコーデに、ゴールドのGMTマスター2や、カルティエのブレスレットを合わせる、セクシャルでグラマラスな着こなしは、ヤングセレブレティの間で爆発的にブレークしています。

感度の高い、ヤングセレブの間で、大ブレーク中の、ゴールドアクセサリーの、火付け役として、オリヴィエ・ルスタンが一役買っていることは、間違いありません。

オリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)の経歴は?

ファッションエディターや、ヤングセレブレティを、陶酔させるラグジュアリーブランドの、バルマンを率いる、オリヴィエ・ルスタン。

1986年に、フランスの、ボルドーで生を受けます。ノーブルな顔立ちから、何不自由ない家庭で育ったような雰囲気が、漂いますが、オリヴィエ・ルスタンの実の両親は不明です。

何処となく、エキゾチックな雰囲気が漂う、オリヴィエ・ルスタンは、インタビューで、様々な人種の血を受け継いでいる」と話しています。

養護施設で幼年期を過ごした、オリヴィエ・ルステンは、裕福な白人の、養子となります。オリヴィエ・ルスタンから、漂う育ちのよさは、育った環境によって形成された様に感じます。

幼い頃より、スマートな頭脳を持ち合わせていた、オリヴィエ・ルスタンは、母国語のフランス語や英語を中心に、ドイツ語や、イタリア語まで自由に操ることができます。

この、ハイスペックな頭脳も、世界的なビッグブランドを、トレンドセッターとして、押し上げるために、必要だった様に感じます。

服飾の知識を学ぶために、パリのエスモードへ入学、卒業後にイタリアに渡ります。オリヴィエ・ルスタンのキャリアのスタートは、ロベルト・カヴァリでした。

元祖、ラグジュアリーロックスタイルを掲げる、ハイエンドブランドである、ロベルト・カヴァリ。オリヴィエ・ルスタン自身の、ファッションにも通じる、ラグジュアリーで官能的な、ブランドの、デザインチームで5年間、ファッションブランドの在り方と、デザインについて学びます。

ロベルト・カヴァリの、デザインチームに所属したことで、オリヴィエ・ルスタンのデザイナーとしての、ベースを築くことができた事は、オリヴィエ・ルスタンの創り上げる、バルマンからも見受けられます。

2009年に、クリストフ・ドゥカルナン率いる、バルマンに入社。2年後の2011年に、バルマンのクリエイティブ・ディレクターに就任。

トレンドセッターとしてのバルマンを牽引し続けています。

オリヴィエ・ルスタン率いるバルマン(BALMAIN)に不安視

下馬評を覆した、オリヴィエ・ルスタン、バルマン

現在のバルマンが存在しているのは、オリヴィエ・ルスタンの、卓越したデザインセンスと、SNSを屈指した、新たな、PR方法であることは、間違いありません。

しかし、オリヴィエ・ルスタンがバルマンの、クリエイティブ・ディレクター就任のニュースに、難色を示す、ファッションエディターがいた事は、確かです。

クリストフ・ドゥカルナンがバルマンの、新たなイメージを確立、ラグジュアリーでフレッシュな、バルマンを、世界に向けて、発信しました。

クリストフ・ドゥカルナンが手掛ける以前の、バルマンは、デザイナーが定まらず、散々たる結果に、終わっていました。

誰もが、バルマンのラグジュアリーブランドとしての復活を、諦めていた時に現れた、クリストフ・ドゥカルナンは、正に救世主でした。

クリストフ・ドゥカルナンが創り上げた、ラグジュアリーで、フレッシュなバルマンは、ファッションエディターや、バルマンに関心を示さなかった、若き、ファッショニスタに衝撃を与えます。

そして、見事、ラグジュアリーブランドとして、返り咲いた、バルマンを、創り上げた、クリストフ・ドゥカルナン。

バルマンの未来は、クリストフ・ドゥカルナンが握っている。誰もがそう確信していました。コレクションを重ねるごとに、知名度を上げ、確実にファンを増やしていった、クリストフ・ドゥカルナンの手掛けるバルマン。

人気絶頂期での、まさかのクリストフ・ドゥカルナンの退任。このニュースは、悲報として、ファッション界を駆け巡りました。

クリストフ・ドゥカルナン無き後の、バルマンの未来を憂う、ファッション評論家は、数多く、今後のバルマンを不安視する声が、高まりました。

バルマンの未来を左右する、クリエイティブ・ディレクターには、大御所デザイナーの名前も、上がっていました。しかし、クリストフ・ドゥカルナンの後任に指名されたのは、若干25歳の、オリヴィエ・ルスタン。

この若さで、復活したばかりの、バルマンのデザイナーは無理、という厳しい意見が、飛び交いました。

しかし、下馬評を覆した、オリヴィエ・ルスタンによる、新生ランバン。ファーストコレクションは、クリストフ・ドゥカルナンに敬意を払った、バイカーズジャケットを、強く打ち出した構成。

そして、クリストフ・ドゥカルナンが創り上げた、バルマン以上に、セクシャルでラグジュアリーな、新生バルマンをローンチし、ファッションエディターや、ファッショニスタから、喝采を浴びます。

自信と、余裕に満ち溢れた、よりエネルギッシュで、官能的な、オリヴィエ・ルステンによる、バルマンのスタートにファッション業界は、ざわつきました。

失礼ながら、ここまでの才能を秘めた、デザイナーとして、オリヴィエ・ルステンを見ていた、ファッションエディターや、ファッショニスタが、少なかったからです。

新世代の、若き天才デザイナーの出現に、コレクション会場は拍手喝采。オリヴィエ・ルステンは、バルマンのクリエイティブ・ディレクターとして、堂々たるデビューを果たしました。

バルマンのファーストコレクションは、オリヴィエ・ルスタン自身は、かなりの恐怖と、プレッシャーの中、行ったと、後のインタビューで答えています。

しかし、自分を指名してくれた、会社に対し、精一杯の努力をもって、貢献するつもりで、クリエイティブ・ディレクターの職に就いた、とも答えています。

全身全霊をかけ、真摯に向き合って生まれた、新生、バルマンは、才気溢れる、若きデザイナーである、オリヴィエ・ルスタンの努力が、カタチとなった、ブランドなのかも知れません。

バルマン(BALMAIN)×H&Mの衝撃

H&Mのデザイナーズコラボレーションにバルマンが登場

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オリヴィエ・ルスタンが手掛ける、新生、バルマンの知名度を、更に浸透させた、H&Mとのコラボレーション。H&Mが毎年行っている、デザイナーズコラボレーションに、バルマンが登場。

ファッションエディターや、ファッショニスタを、歓喜させました。ラグジュアリーブランドである、バルマンは、手の届きやすいプライスとはいえません。

バルマンのウエアが気になっても、簡単に手が出せない、ヤングファッショニスタが、多いことは事実です。

世界的なファストファッションブランドである、H&Mとコラボレーションを行うことで、ロープライスで、バルマンのウエアを入手することができました。

このコラボレーションにより、ヤングファッショニスタにも、バルマンというブランドを、浸透させることに成功しました。

しかし、当然ながら、H&Mとのコラボレーションウエアは、数時間で完売。入手できたのは、幸運な、ファッショニスタのみという結果に終わりました。

それでも、ヤングファッショニスタに、バルマンを憧れブランドとして、認知させることには成功しました。

バルマン(BALMAIN)の歴史は?

ピエール・バルマンが1945年に設立

バルマンを見事復活させた人物が、クリストフ・ドゥカルナンで、現在のトレンドセッターの位置に押し上げた人物が、オリヴィエ・ルスタンです。しかし、それは、ここ10年くらいのバルマンの歴史です。

バルマンは60年以上の歴史を誇る、老舗ブランドです。一度倒産してはいますが、60年以上前に創立されたブランドであるとは、間違いありません。

バルマンの創立者は、ピエール・バルマン。ピエール・バルマンが、自身の名前を冠したブランドを1945年に、パリに設立します。

ピエール・バルマンの生まれ育った環境が、デザイナーとして生きていくことを、決定付けたように感じます。

紳士服の卸業を生業とする、父と、ブティックを経営する、母の元で生まれた、ピエール・バルマン。

服飾一家に生まれた、彼は幼い頃から、ファッショに関して、敏感だったことは当然ともいえます。しかし、パリの美術学校では、ファッションではなく、建築を専攻します。

後に、建築から、ファッションに専攻を変えてはいます。建築についても、強い関心を持っていた、ピエール・バルマン。しかし、最終的に、選んだのは、ファッション。これは、ファッション一家に生まれた、宿命でもあるように感じます。

事実、ファッションについての勉強を始めると、その才能は開花します。ピエール・バルマンは、イギリス王室の、お抱えデザイナーでもあった、エドワード・モリヌーに会う機会に恵まれ、デッサンを見せます。

エドワード・モリヌーは、ピエール・バルマンの才能を見抜き、自身のメゾンへ招集します。ピエール・バルマンのキャリアはここからスタートします。

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エドワード・モリヌーの元、実践的なデザインを学んだ、ピエール・バルマン。当時、ロイヤルファミリーのドレスを手掛けていた、エドワード・モリヌーから、ノーブルなオートクチュールの基礎を、学んだと考えられています。

エドワード・モリヌーのメゾンの他に、ロベール・ピゲ、リュシアン・ルロンの元で、経験を積みます。リュシアン・ルロンは斬新な、オートクチュールを得意とするデザイナーでした。リュシアン・ルロンのアシスタント時代を、クリスチャンディオールと、共に過ごしています。

オートクチュールメゾンで、10年ほど経験を積んだ、ピエール・バルマンは、パリに自身のショップをオープンさせます。これが、バルマンのスタートです。

クチュールのビッグ3と称される

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1950年代、バルマンは最もエレガントなドレスを仕立てるブランドとして、フランスの貴族や、富裕層の間で話題となります。

その頃、クリスチャンディオールが、新たなモードクチュールを意味する、”ニュールック”と呼ばれ、感度の高い、富裕層から、絶大な支持を得ていました。

ほぼ同じ時期に、パリでブランドをローンチした、バルマンとクリスチャンディオールは、お互いを意識していたことは、間違いありません。

1950年代には既に人気ブランドとして、栄華を極め極めていた、バレンシアガを含め、バルマンは、フランスを代表する、クチュールのビッグ3ブランドと称されます。

バルマンのエレガントなドレスの評判は、映画女優の間にも浸透していきます。バルマンは60年代から70年代、映画女優のご用達ブランドとなります。更に、バルマンのドレスは、映画の衣装としても頻繁に使われるようになります。

飛ぶ鳥落とす勢いのバルマンに忍び寄る影

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絶対的知名度と、富裕層や、映画女優ご用達ブランドとして、揺ぎ無い地位を手にしたバルマン。70年代、バルマンのドレスを身に着けることは、富裕層の間では、ステータスシンボルとなりました。

バルマンにとっての黄金期の到来です。

順調に企業を拡大し、飛ぶ鳥落とす勢いのバルマンは、ライセンス事業により、更なる知名度の向上を図ります。知名度を浸透させには、ライセンス事業は効率的ですが、どうしても、ブランドイメージを下げてしまいます。

バルマンは、一時期、ライセンス事業により、ブランド自体に、安価なイメージを根付かせてしまったことは事実です。

そして1982年にピエール・バルマンが死去。カリスマデザイナーを失ったビッグブランドは、ゆっくりと傾きだします。

2004年にバルマンは倒産

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ピエール・バルマンが、パリにクチュールメゾンをオープンして、約60年。様々な影響が関係し、2004年、パリの老舗ラグジュアリーブランドは崩壊します。

破産宣告を申請した、バルマンは、コレクション自体を中止。バルマンが、長い歴史に幕を下ろした瞬間でした。

バルマン倒産のニュースに驚愕した、ファッショニスタは少なく、既に、過去のブランドとして、忘れ去られていました。

破産宣告から約2年の2006年、救世主、クリストフ・ドゥカルナンによって、不可能と言われていた、バルマン再構築の夢が叶い、ラグジュアリーブランドへと返り咲きました。

バルマン(BALMAIN)完全復活からトレンドセッターへ

天才、オリヴィエ・ルスタンの本領発揮

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バルマンの救世主である、クリストフ・ドゥカルナンが、既に、過去の遺物として扱われていた、ラグジュアリーブランドを、見事、復活させた、姿を間近で見ていた、オリヴィエ・ルスタン。

ラグジュアリーブランドの復活を、最も近い距離で見ると言う、幸運に恵まれた、若き天才は、ファッションに対しても、今後のラグジュアリーブランドの、在り方に対しても、ポジティブなイメージを、確立させる事ができたと思います。

「トムフォードのようなビッグネームが、バルマンのクリエイティブ・ディレクターを務めると思っていた」

自身が、バルマンのクリエイティブ・ディレクターに、指名されたときの感想を、こう述べています。

確かに、ラグジュアリーブランドの、クリエイティブ・ディレクターは、著名なスターデザイナーが手掛ける事により、話題にはなります。

しかし、現在の、バルマンに必要なのは、著名な、ビッグネームのデザイナーではなく、新しいマインドを持つ、若き鬼才です。

25歳という、あまりにも若い、バルマンのクリエイティブ・ディレクター就任。25歳の若者がリーダーシップを執った、老舗ラグジュアリーブランドは、現在もトレンドセッターとして、色あせることなく輝き続けています。

現在31歳のオリヴィエ・ルスタン。

バルマンのデザイナーと言う、肩書きを必要としないほど、注目を集めるデザイナーであり、ファッションアイコンです。

バルマンのデザイナーが、オリヴィエ・ルスタンではなく、オリヴィエ・ルスタンが手掛けているブランドが、バルマンという認識に、ヤングファッショニスタが多いことは間違いありません。

レジェンドデザイナーである、モード界の帝王、カールラガーフェルドの寵愛を受ける、若き天才デザイナーである、オリヴィエ・ルスタン。

30歳を過ぎ、デザイナーとして、更に飛躍していく、時代の寵児の手掛けるバルマンは、売り上げを40パーセント以上増やすことに成功。ファストブランドも、バルマンのデザインの、オマージュitemをリリースするほどの、加熱振りです。

新時代のカリスマ、オリヴィエ・ルスタンの手掛ける、バルマンが今後も、トップギアでファッション界を疾走することは、間違いありません。

 

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INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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