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ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani) ”ミラノの3G” モードのスタンダードブランドに迫る

ミラノの3Gと称される、イタリアンブランドの雄である、ジョルジオ・アルマーニ。数多くのファッションデザイナーに影響を与え、従来のテーラードジャケットの構造を見直し、着心地を追求した、ソフトなシルエットのスーツを発表。世界中の富裕層の間で、アルマーニのソフトスーツは大ブレークしその名を轟かせます。アルマーニは、紳士服に革命を起こし、モードの帝王、ジャケットの魔術師と称されました。80年代の日本でもアルマーニのスーツは、絶対的ステータスシンボルとなり、メルセデスベンツに、ロレックス、そしてアルマーニのソフトスーツは、80年代のバブル期を象徴するアイテムとなりました。80歳を越えても現役のインテリデザイナーが創り上げる、モードのスタンダードブランドである、ジョルジオ・アルマーニ。ブランドのベースでもある、アルマーニのメンズファッションに迫ります。

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)が創り上げた絶対的なステータス

アルマーニを着る事が成功の証し

世界で最も著名なデザイナーであるジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)。その著名なデザイナーが手掛けるブランドが、自分の名前を冠した、ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)です。

世界で最も愛されている、イタリアンブランドとしても有名なアルマーニ。数あるイタリアンブランドの中で、日本では、最も人気の高いブランドとしても知られています。

インポートブランドブームや、イタリアンブランドブームの火付け役となった、アルマーニ。80年代の日本では、アルマーニのスーツを纏う事が、絶対的ステータスシンボルとされていました。

アルマーニの創り上げた、着心地のいい、ソフトでストレスを感じさせない、リラックスしたスーツや、ジャケットは、感度の高い富裕層の間で大ブレーク。

丁度、80年代は、ハリウッドスターが、映画の衣装や、プライベートでも、アルマーニのウエアを身に着けていることが、頻繁に、取り沙汰されている時期でもあり、ハリウッドスターの御用達ブランドとしても、アルマーニは注目を集めていました。

現在も、リチャード・ギアやトム・クルーズ、ジョージ・クルーニー、レオナルド・ディカプリオ、等のそうそうたる、ハリウッドセレブが、アルマーニのウエアのファンである事を公言しています。

ハリウッドスターに最も愛されたブランドである、ジョルジオ・アルマーニ。ヨーロッパの富裕層や、アメリカの富裕層が好んで、アルマーニのスーツを着用した事から、アルマーニのスーツは、成功者の証しとしても浸透しました。

映画でも、成功者が纏うスーツとして、アルマーニのスーツが使われるようになり、若きエリートビジネスマンは、アルマーニのスーツを纏う事が目標となりました。

世界中の現在もエリートビジネスマンや、ジェットセッターの間で、ジョルジオ・アルマーニの愛用者が、多い事は事実です。

日本ではバブル期を象徴するブランド

1980年代、バブル景気に浮く、日本で、インポートブランドが大ブレーク、特にイタリアンブランドは、飛ぶように売れました。

80年代のバブル期を象徴するブランドが、アルマーニです。アルマーニのリラックスした、シルエットのテーラードジャケットや、プリーツの入ったスラックスは、当時のファッショニスタの間で、空前の大ブームを巻き起こします。

アルマーニのスーツを纏い、当時花形の広告代理店や、金融関係で働く、エリートには、羨望の眼差しが注がれました。

メルセデス・ベンツに、BMW、ルイ・ヴィトンのクラッチバッグに、ロレックスのコンビのデイトジャスト、そして、アルマーニのソフトスーツは、80年代のステータススタイルと称されました。

華やかだった時代に、日本のエリートや富裕層から、絶大な人気を得て、その名前を浸透させた、ジョルジオ・アルマーニ。

イタリアンラグジュアリーブランドの雄として、今でも日本で、絶大な人気を誇る、ジョルジオ・アルマーニ。

日本で馴染み深いブランドである、ジョルジオ・アルマーニ。アルマーニの最新のメンズコレクションを中心に、モードの帝王に迫ります。

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)2017-18年秋冬コレクション

アルマーニの掲げるネオクラシック

2017-18年秋冬のジョルジオ・アルマーニのメンズコレクションは、ネオクラシックをテーマに掲げてのスタートとなりました。

テーラードジャケットの魔術師である、ジョルジオ・アルマーニが見せた、リュクスなスーツのスタイルは、圧倒的な美しさとラグジュアリーさを、醸し出していました。ノーブルなテーラードジャケットに、リラックスした、ルーズなシルエットのスラックスを合わせるスタイリングは、80年代に日本でも大ブレークした、アルマーニのソフトスーツを髣髴させてくれます。

アルマーニの原点とも言うでき、ソフトスーツは、アルマーニのメンズウエアに、とってのクラシックである事は間違いありません。

しかし、クラシカルなスーツスタイルを、メインに打ち出したコレクションではない、今回のジョルジオ・アルマーニ。

あくまで、美しい、テーラードジャケットや、ラグジュアリーな、プリーツの入ったスラックスは、今回のコレクションの一部であり、基盤です。

テーラードジャケットや、ニットの上に、巻きつけるようにスタイリングされた、ショールのようなアイテム。これが今回のアルマーニのキープロダクツのように感じます。

ボリューム感のあるショールを、ジャケットの上に巻きつけている様にも、ニットやカーディガンを肩に掛けている様にも見える、スタイリングは、モダンで斬新でした。

このアイテムは、袖のあるショールのようで、ニットとショールを融合させた、ハイブリッドなプロダクツです。

ソフトスーツや、ジャケットの上に、キーアイテムである、ショールを合わせたスタイリングは、グラマラスで、クラシカルでもあるスーツスタイルを、モダンなモードスタイルへと昇華させています。

そしてショールを巻く事で、エレガントに拍車がかかり、イタリアンラグジュアリーブランドの雄としての貫禄を見せ付けていました。

今回テーマに掲げた、ネオクラシックとは、アルマーニのお家芸でもある、ラグジュアリーなソフトスーツに、アヴァンギャルドなショールを合わせて完成させる、ハイブリッドな、グラマラススタイルを指しているように感じます。

テーラードジャケットに、プリーツの入ったゆったりとしたパンツや、スラックスを合わせる、スマートカジュアルをベースとした2017-18年の秋冬コレクション。上質なウール地のイージーパンツもネオクラシックを語る上で欠かせないガーメンツに感じます。

ドロップショルダーの優雅なダブルブレステッドコートや、ベルベットのゴージャスなドンキーコートに合わせた、イージーパンツはリラックスした雰囲気以上に、エレガントさが漂っていました。

今回のアルマーニのコレクションで、メインに使用されていたボトムスは、ルーズなシルエットのスラックスやワイドパンツ。

柔らかく上質なウール地を使用した、スラックスは、プリーツの入ったエレガントなタイプで、クラシカルでリュクスなアルマーニの世界観を表現するには最適でした。

ワークパンツを髣髴させる、ワイドストレートのパンツは、ベルベットや、ツイード地を使用し、クラシカルでタフな色気を醸し出していました。

アウターから、ワイドパンツまで、今季ベルベットの使い方が印象的だった、ジョルジオ・アルマーニ。動くたびにエレガントな光沢を放つ、ベルベット素材は、イタリアンラグジュアリーブランドの、雄であるアルマーニの得意とする素材です。

エレガントなガーメンツ以外にも、ベルベットを使用したアイテムが、目立った今季。ベルベットのジップアップパーカーに、ベルベットのワイドパンツを合わせたスタイリングは、カジュアルなアイテムのセットアップなのですが、スリーピースのスーツ以上にエレガントで、高貴な雰囲気を放っていました。

アルマーニが得意とする、レザーウエアもグラマラスなガーメンツが多く、コンパクトなレザージャケットや、ドロップショルダーのAラインのレザーのドンキーコートは、クラシカルであり、かなりモダンな仕上がりでした。

アルマーニの得意とする、エレガントで繊細なレザーウエアよりは、ワイルド且つ、エレガントな雰囲気のレザーガーメンツが目立ち、新たなアルマーニの魅力を見せ付けられたように感じました。

クラシカルで優美なガーメンツとスタイリングが目白押しだった、2017-18のアルマーニのメンズコレクションの中で、エレガントな光沢のあるスーツの上に、ベルベットのショールカラーのショートコートを羽織ったスタイリングは、今季の、アルマーニの全てが詰まった見せ方のように、感じました。

シンプルでベーシックな着こなしなのですが、絶対的なステータスとトレンド感を含んだ、スタイリングは流石はモードの帝王です。

ベーシックなモノを掛け合わせ、完成させる、見事なラグジュアリースタイルは、正にネオクラシックです。

誰もが認める、ファッション界のトップランナーである、ジョルジオ・アルマーニの存在感をはっきりと見せ付けられたファッションショーでした。

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)とは?

1975年に創立されたイタリアのラグジュアリーブランド

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)は1975年に設立された、イタリアのブランドです。創立者はモードの帝王とも称される、ジョルジオ・アルマーニ。

長い歴史を持つヨーロッパのラグジュアリーブランドにしては、創業約40年ほどのアルマーニは、比較的新しいブランドにも感じます。

言い換えれば、40年足らずで、ハリウッドセレブを魅了し、世界中の富裕層の御用達ブランドへと成長させた、アルマーニの手腕には驚愕しかありません。

誰もが知るブランドといても過言ではないジョルジオ・アルマーニ。世界中に存在する、ラグジュアリーブランドの中でも、メンズウエアの評価が著しく高く、世界中の紳士を魅了するアルマーニは、テーラードジャケットやスーツが絶対的アイコンともいえます。

テーラードの魔術師の異名を持つ、ジョルジオ・アルマーニ。ジョルジオはテーラードジャケットを革命的に進化させた人物としても知られています。

世界で最も美しいスーツを作るブランドとして、必ず名前の挙がるジョルジオ・アルマーニ。ジョルジオは、メンズウエアの可能性を引き出した人物でもあります。

アルマーニ=アンコンジャケット

リラックスした、エレガントなスーツやテーラードジャケットで、世界中のセレブレティを魅了したアルマーニ。アルマーニの提案した、ソフトスーツは、世界中で大ブレーク。”イタリアンスーツ=ソフトスーツ”のイメージを定着させた人物が、ジョルジオ・アルマーニです。

80年代のバブル時の日本でも、ゆったりとしたシルエットのスーツに身を包む、エリートビジネスマンや、感度の高い富裕層が、街に溢れました。

バブル期を象徴するソフトスーツの火付け役もアルマーニです。上質な素材のエレガントなシルエットのスーツは、イタリアンブランドの象徴とも、称されました。

アルマーニが提案したソフトな着心地のテーラードジャケットやスーツは、テーラードジャケットの常識を覆す大革命でした。

1970年代のイタリアのメンズスタイルは、スーツスタイルがメインでした。リュクスなメンズスタイルは当然の如く、誂えモノのスーツ。

そしてスーツは、長い歴史を誇る英国メイドの、クラシカルで、堅牢な、誂えモノが最上級であり、イタリア紳士も、英国スーツに右に倣えの時代でした。

クラシカルなスーツや、テーラードジャケット一辺倒な、イタリアンメンズスタイルに疑問を持った、アルマーニは、スーツを解体し、スーツを構成している、芯地や、肩パット等のパーツを取り除き、スーツを再構築しました。

スーツに必要不可欠とされていた、パーツを取り除いて再構成されたスーツは、エレガントでリュクス。そして今までには感じられないほど軽く、ソフトな着心地を得る事ができました。

テーラードジャケットや、スーツにおいて、アンタッチャブルとされていた、仕立ての見直しにより、テーラードジャケットは、新たな可能性を、見出す事に成功しました。

ジョルジオの行ったテーラードジャケットの再構成は、イギリススーツとは異なる、イタリアンスーツを生み出す事にも繋がりました。

これが”アンコンジャケット”の誕生です。実験的でもあった、アンコンジャケットや、アンコンジャケットのセットアップであるソフトスーツは、イタリアを中心に、ヨーロッパの富裕層の間で爆発的な、ヒットを記録します。

アルマーニのアンコンジャケットにより、メンズファッショにおいての、イタリアンモードが確立した事は間違いありません。

ハリウッドセレブ御用達ブランドへ

アルマーニと言う新生ブランドの噂は、ヨーロッパの感度の高い、富裕層から、ファッションエディターによって、アメリカに渡ります。

アメリカの老舗、セレクトショップのバーニーズニューヨークの、当時の社長である、フレッド・ブレスマンが、ジョルジオ・アルマーニを訪問、あまりの素晴らしいガーメンツの数々に言葉をなくしたと言います。

フレッドは、バーニーズニューヨークの創立者である、バーニーの息子にあたります。フレッドは、新生ブランドの、発掘や、育成にも力を注いでおり、アルマーニは、フェレッドの御眼鏡に適い、ニューヨーク進出を果たします。

フレッド自身もアルマーニのウエアのファンで、自身も頻繁にアルマーニのスーツを身に着けていたそうです。

バーニーズニューヨークの強烈なプッシュにより、ジョルジオ・アルマーニは、感度の高いニューヨーカーの間でも爆発的なヒットを記録します。

バーニーズニューヨークは、ラグジュアリーで感度の高いウエアをセレクトしていた為、顧客にはハリウッドスターも数多く名前を連ねていました。

ジョルジオ・アルマーニのアンコンジャケットのソフトスーツや、テーラードジャケットは、ハリウッドスターの間でも話題となります。

着心地がよく、エレガントで、リュクスなアルマーニのウエアは、ハリウッドセレブ御用達ブランドとして、更に人気が加速します。

ブランドをローンチして5年目の、1980年には、当時人気絶頂だった、リチャード・ギアの映画衣装を担当、アルマーニのウエアはスクリーンデビューを果たします。

その映画は、日本でも大ヒットを記録した”アメリカン・ジゴロ”です。淑女を渡り歩くセクシーなリチャード・ギア演じる、ジュリアンがスタイリッシュに着込んだアルマーニの衣装は、当然注目の的。

アメリカでは一時期、入手困難になるほど、アルマーニのウエアが売れました。アメリカン・ジゴロの衣装担当を機に、アルマーニは、様々な映画の衣装を手掛けるようになり、ハリウッド映画や、ハリウッドセレブ御用達ブランドのイメージを浸透させました。

現在では、ハリウッドスターが、レッドカーペットの上を闊歩する為に纏うブランドとして、ジョルジオ・アルマーニは、定番化されています。

成功者の証しでもあるアルマーニのウエア。アルマーニのタキシードに袖を通して、レッドカーペットの上を歩く事が、夢だったと語る、ハリウッドスターは今もなお、増えるばかりです。

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)という人物は?

医学の世界からファッション界へ

ジョルジオ・アルマーニは、1934年に、イタリアのピアチェンツァに生まれます。戦時中に幼年期を過ごした、ジョルジオは、モノの少ない、貧困な時代を経験します。戦時中は、国全体が、貧しい時代です。

しかし、洋裁が得意だった、母親は、軍服やパラシュート地を使い、子供たちに服を作り、きちんとした、身なりを整えていたそうです。

厳格な家庭で育った、ジョルジオは、医師目指すように教育されます。両親の期待通りに、期待通りにミラノ大学の医学部に入学した、ジョルジオは、大学在学中に、兵役に入り、医学の世界からドロップアウトします。

将来に漠然とした不安を抱えていた、ジョルジオは、親友から、ラ・リナシェンテがスタッフを募集している事を伝えられます。

ラ・リナシェンテとは、ミラノを代表する、大手デパートです。ファッションの世界で働く事を夢にも思っていなかったジョルジオにとって、友人の提案は正に晴天の霹靂でした。

ジョルジオは早速、ラ・リナシェンテの面接を受けます。こうして、ジョルジオの、ファッション界でのキャリアがスタートします。

未知の領域だった、ファッション界で、ジョルジオは才能を開花させます。ラ・リナシェンテは当時は、トレンド感を前面に打ち出した、流行を発信させる、デパートではなく、所謂、ごく普通の大手デパートでした。

しかし、ラ・リナシェンテはトレンドを打ち出す、セレクトショップのような役割を担う、デパートへと、シフトチェンジを思案していた時期に、ジョルジオは入社しました。

大きく変わろうとする、大手デパートで、ショーウィンドウのディスプレイデザインや、写真の撮影のアシスタント、そしてメンズウエアのバイイング等、多岐にわたる仕事をこなしました。

全てにおいて、ジョルジオにとっては、初体験であり、かなり新鮮に映った事は間違いありません。

スマートな頭脳のジョルジオは、カスタマーが何を求めているかを、見極め、トレンドを作り出す能力にも長けていました。

ジョルジオの活躍もあり、ラ・リナシェンテは大手デパートから、トレンドのアイテムを扱う、感度の高い、セレクトショップとしての役割を果たすようになります。

ラ・リナシェンテでの活躍を経て、ジョルジオは、本格的にデザイナーとしての道を歩みだします。

ヒットマンでデザインの基礎を学ぶ

ジョルジオ・アルマーニのデザイナーとしてのキャリアを、本格的にスタートさせたのは、ニノ・セルッティがローンチしたブランド、”ヒットマン”です。

ニノ・セルッティは、イタリアのラグジュアリーなファブリックメーカーから、イタリアを代表するラグジュアリーブランドである、セルッティを立ち上げた人物です。

ニノは、”ヒットマン”という新たなブランドを立ち上げる際に、優秀なアシスタントを探していました。

そこへ、白羽の矢が立ったのが、ジョルジオ・アルマーニでした。医学部出身のジョルジオは、服飾の正規の教育は受けていません。

ヒットマンでの経験が、現在のジョルジオ・アルマーニの礎を築いた事は間違えありません。

アシスタントとして、ヒットマン立ち上げに携わったジョルジオは、天賦の才により、1965年には、ヒットマンのデザイナーとして活躍します。

ジョルジオ・アルマーニのお家芸でもある、アンコンジャケットは、この頃に、ジョルジオが生み出し、イタリアファッション界に大きな衝撃を与えました。

ジョルジオの活躍で、ヒットマンは、イタリアを代表するモードブランドとして、ファッショニスタの間で話題となります。

ジョルジオの才能を開花させた、人物である、ニノ・セルッティは、ジョルジオの事はファッションデザイナーと称しました。

当時はファッションデザイナーという言葉が、世間には定着していない時代でした。ジョルジオは、ファッションデザイナーという言葉を、浸透させた人物でもありました。

セルジオ・ガレオッティとの出会いによりジョルジオ・アルマーニが誕生

1970年にジョルジオ・アルマーニは、セルジオ・ガレオッティと出会います。セルジオ・ガレオッティは、ヴォーグの編集者でした。ヒットマンのデザイナとして、活躍していたジョルジオの才能に無限の可能性を見出していた、セルジオは独立して、会社を興すことを勧めます。

セルジオの強烈なプッシュもあり、1975年に、パートナーである、セルジオと共に、ジョルジオ・アルマーニ社を設立します。

セルジオに出会っていなかったら、アルマーニは自身ブランドを、ローンチすることはなかったとも言われています。

ジョルジオ・アルマーニを設立したのがジョルジオが41歳に時です。当時の、ファッションデザイナーとしてが極めて遅いスタートです。

しかし、1975年に、メンズコレクションを発表すると、ファッションエディターや、富裕層の間で直ぐに話題となります。

ヒットマンを成功させ、フリーデザイナーとして、エルメネジルド・ゼニアや、ロエベのデザインも手掛けていた、ジョルジオが立ち上げた、新生ブランドの噂は、イタリア中を駆け巡ります。

同年、レディースコレクションを発表、メンズのテーラリングをベースに持つ、モダンでリュクスなウエアは、多くのファッショニスタを虜にします。

デビュー1年目で、ジョルジオ・アルマーニは、イタリアの富裕層や、ファッショニスタのご贔屓ブランドとして、モード界に彗星の如く現れます。

ジョルジオが、ファッション界に衝撃を与えて、40年以上の月日が流れますが、現在も色あせる事のない、ラグジュアリーブランドのジョルジオ・アルマーニ。

80歳を越える高齢にも関わらず、現在も、ファッション界を牽引し続ける、頭脳派の、カリスマデザイナーである、ジョルジオ・アルマーニ。

ジョルジオが生涯現役のトレンドセッターである事は、間違いなさそうです。

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)が起用した日本人

西島秀俊が日本人初のアンバサダー

現在日本では、20代、30代の若い世代に、ジョルジオ・アルマーニのウエアが爆発的なヒットを記録しています。

まるで、80年代にジョルジオ・アルマーニが日本上陸を果たした、時のような熱気が漂っています。その理由に、ある人物が大きく、関わっている事は間違いありません。

俳優の、西島秀俊が、日本人では初めてとなる、ジョルジオ・アルマーニのアンバサダーに、就任しました。

端正なルックスと、鍛え上げられたバランスの取れた体躯には、美しいアルマーニのスーツがよく映えます。アルマーニの、パターンオーダースーツである、”メイド・トゥ・メジャー”の広告で、アルマーニのスーツに身を包んだ、西島秀俊のビジュアルが発表されると、アルマーニに問い合わせが殺到。

今までアルマーニのウエアに袖を通した事のなかった、若いファッショニスタや、若き富裕層が、アルマーニのスーツに興味を示したそうです。

デザイナーである、ジョルジオ・アルマーニが、直接選出した、西島秀俊。ジョルジオアルマーニからラブコールを受けた、西島は、「光栄であり、非常に驚いた」とコメントをしています。

ジョルジオは「西島の優雅な姿と、溢れる才能は、日本の文化を具現化しているようだ」と賞賛、西島のマインドとスタイルを高く評価し、アンバサダーとして、白羽の矢を立てたそうです。

西島秀俊は映画の製作発表の場においても、ジョルジオ・アルマーニのパターオーダースーツを着用していました。

アルマーニの”メイド・トゥ・メジャー”はジョルジオが厳選した、400以上の生地の中から、好みのスーツ地をピックアップして、仕立てに入る、かなりハイグレードなものです。生地は全て、アルマーニのオリジナル。

価格はスーツで約36万円からです。ビキューナや、プラチナ糸を使用したハイエンドな生地の取り扱いもあるようです。ハイエンドな、希少性の高い生地を使用したスーツの、価格は1000万円以上の価格が付くそうです。

正真正銘ファッション界のトップランナーであるジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)

ミラノの3Gは絶対的トレンドセッター

ジャンフランコ・フェッレやジャンニ・ヴェルサーチェと共にミラノの3Gと称され、ミラノモードを牽引し続けるジョルジオ・アルマーニ。

イタリアンブランドの雄であるジョルジオ・アルマーニは、メンズファッションのスタンダードブランドと言っても過言ではありません。

ダークトーンに白のレザースニーカーを合わせる、ジョルジオ自身のスタイルも、ジョルジオ・アルマーニと言うブランドのアイコンになっています。

移り変わる時代の中で、自身のスタイルを変えることのなかったジョルジオ・アルマーニ。変わらない勇気こそ、ラグジュアリーブランドにとっては、最も重要な事なのかもしれません。

40年以上、世界中のセレブレティを虜にし続けてきた、ジョルジオ・アルマーニのウエア。ハリウッドセレブの着用により、アッパークラスのアメリカ人が最も好む、イタリアブランドとも称されました。

バブル以降、日本でも最も名前の知られた、イタリアブランドであるジョルジオ・アルマーニ。

雑誌のインタビューで引退について尋ねられた時「君には僕が70歳の爺さんに見えるかい?」と返した話は、ファンの間では有名です。

そのインタビューから、10年以上過ぎた今も、トレンドセッターとして、ファッション界に君臨する、ジョルジオ・アルマーニ。生涯現役デザイナーが作るメンズウエアは、今でも絶対的ステータスシンボルとして圧倒的な存在感を纏っています。

【ジョルジオ・アルマーニ Official Site 】
https://www.armani.com/jp

【ジョルジオ・アルマーニ ONLINE SHOP】(外部サイト)

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INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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