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サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)ギョーム・メイアンが魅せる、モダンラグジュアリー

ラグジュアリーなシューズブランドのパイオニアであり、富裕層御用達ブランドとして有名な、サルヴァトーレ・フェラガモ(SalvatoreFerragamo)。創業、1927年の90年の歴史を持つ、イタリア屈指のシューズブランドです。天才靴職人が、11歳でオープンさせた、シューズ工房は、富裕層の間で話題となり、フェラガモのシューズは、セレブレティのステータスシンボルとして定着します。現在ではシューズ以外に、プレタポルテコレクションを展開する、トータルラグジュアリーブランドとして、知られるフェラガモ。メンズウエアのデザイン・ディレクター、ギョーム・メイアンが就任し、ラグジュアリーさにモダンさがプラスされた、サルヴァトーレ・フェラガモがファッショニスタを中心に話題となりました。都会的なフェラガモのメンズラインと、サルヴァトーレ・フェラガモの由緒ある歴史に迫ります。

サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)がファッショニスタを魅了

モダンでラグジュアリーなメンズスタイル

老舗ラグジュアリーブランドである、サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)がファッショニスタを魅了しています。メンズラインのデザイン・ディレクターに就任した、ギョーム・メイアン(Guillaume Meilland)が手掛ける、フェラガモのメンズラインは、世界中のファッションエディターの間で高い評価を得ています。

イタリアが誇る、老舗ラグジュアリーブランドを、フレッシュにモダンに若返らせた、ギョーム。ギョーム・メイアンがフェラガモのメンズコレクションを手掛けるのは、2017-18年の秋冬が初めて。

クラシカルでラグジュアリーなスーツやコートを中心としたコレクションの中に、モダンさをプラスした、都会的なガーメンツは、どれもラグジュアリーでノーブル、知的な雰囲気も漂う、新生、フェラガモの幕開けに、フェラガモのグッドカスタマーや、若き富裕層も惜しみない喝采を送りました。

サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)2017-18年のメンズコレクション

ノーブルなスーツからタフなボマージャケットまで全てが都会的

ギョーム・メイアンによる、2017-18年秋冬のフェラガモのコレクションを、一言で表現するなら、”都会的”という言葉がぴったりではないでしょうか?

素材の良さを強く押し出した、テーラードジャケットやスーツ、そして、ダブルブレステッドコートはノーブルで、ラグジュアリー。

上質な素材で仕立てられたスーツは、まるでビスポークのような雰囲気を醸し出しており、その上に羽織ったロングコートもノーブル。

ドロップショルダーの、ポロコートやロングコートはエレガントでグラマラス。

上質なカシミア素材のロングコートをシャツや、ローゲージニットの上にラフに羽織った、リラックススタイルも、スタイリッシュで都会的でした。

ドロップショルダーのハイエンドなコートをラフに着込み、フレッシュ且つ、モダンに見せるスタイリングは、流石の一言です。

ノーブルなスーツに使われた細身のスラックスから、プリーツの入ったルーズシルエットのスラックス、そして、注目のフレアタイプのスラックスと、スラックスのシルエットも豊富だった、今回のフェラガモ。

ショート丈のタフなレザージャケットに、タイトなスラックを合わせたり、ムートン製のボマージャケットに、プリーツ入りの、スラックを合わせるなど、デニム代わりにスラックスを使うスタイリングも印象的でした。

スーツに、コート、ニット、レザージャケットと比較的シンプルなメンズガーメンツで構成された、新生、フェラガモ。

富裕層のための、新たなリアルクローズのカタチを、今回のフェラガモが、示しているかのようでした。

上品なガーメンツや、スタイリングを中心とした構成の、2017-18年のフェラガモのメンズコレクションで、異質な雰囲気を放っていた、カラーデニムのセットアップ。ショート丈のデニムジャケットには、ボリューム感のあるストレートデニムをセット。インナーはラグジュアリーなローゲージニット。

フェラガモ流のストリートスタイルであり、ギョームの洗練されたセンスが、光るガーメンツとスタイリングでした。

デニムジャケット以外にも、コサックジャケット風のショートジャケットは、都会的でありながら、80年代を髣髴させる、ノスタルジックな雰囲気を、醸し出していました。

富裕層御用達のシューズブランドとして産声を上げた、フェラガモ、当然の如く、シューズにも注目が集まりました。

フェラガモが得意とする、ハイエンドなドレスシューズ以上に、目立っていた、ソールの分厚い、レザーシューズ。ソールにラバーのスタッズを配した、アヴァンギャルドな、ワークシューズや、ワークブーツは、ノーブルで品のいい、フェラガモのメンズコレクションに、スパイスを効かせてくれていました。

ノーブルな中にも、アヴァンギャルドな要素を含ませる、若き鬼才、ギョーム・メイアンのセンスは、このシューズからも、感じ取れます。

ノーブルで、モダンなガーメンツで若き富裕層や、ファッションエディターを虜にした、ギョーム・メイアン。特に、ハイエンドな素材の使い方は、右に出るものがいないほど、巧み。

今後、イタリアを代表する老舗ラグジュアリーブランドを牽引していく、若き鬼才に期待が高まります。

サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)のメンズデザイナー、ギョーム・メイアンとは?

ビッグメゾンを渡り歩いた鬼才

サルヴァトーレ・フェラガモのメンズラインに注目が集まった理由は、デザイナーが変わった事が理由です。

都会的で、モダンなフェラガモのメンズラインを手掛ける人物が、ギョーム・メイアン(Guillaume Meilland)です。

ギョームは、数々の、ビッグメゾンを渡り歩いた人物です。ギョームのキャリアは、2002年のルイ・ヴィトンからスタートします。

当時、アーティスティック・ディレクターを務めていた、マーク・ジェイコブスの元、メンズウエアのデザインチームに加わります。

2002年は、ルイ・ヴィトンも革新の時期で、ルイ・ヴィトン初の、本格派機械式時計である、”ターンブル”が発表された年です。

目まぐるしく進化する、老舗ラグジュアリーブランドのルイヴィトン。当時最も忙しいラグジュアリーメゾンと言われた、ルイ・ヴィトンのデザインチームで約5年の経験を積んだ、ギョームは、イヴ・サンローランに移籍、その翌年に、ランバンのメンズラインの、シニアデザイナーとして活躍します。

2008年から長きに渡り、ランバンのメンズウエアを支えてきた、ギョーム。ラグジュアリーブランドを渡り歩いてきた、実力者が作り上げる、フェラガモのメンズラインが、ラグジュアリーでノーブルである事は、当然ともいえます。

歴史と絶対的な地位のある、フェラガモのデザイナーとして仕事ができる事を嬉しく思うと、コメントした、ギョーム・メイアン。

飛ぶ取り落とす勢いの、若き、実力者の手掛ける、リュクスな、フェラガモから今後も目が離せません。

サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)の歴史は?

サルヴァトーレ・フェラガモが1927年に設立

サルヴァトーレ・フェラガモは靴職人であった、サルヴァトーレ・フェラガモが、フィレンツェで設立した靴ブランドから歴史が始まります。

フェラガモは靴職人として、天才と言う表現が一番似合う人物です。フェラガモが、靴職人頭角を現すのが、なんと9歳の時。妹の為に、教会の洗礼式の時に履く、白いシューズを一晩で完成させました。

兄弟が多く貧しかった、フェラガモ一家は、妹が履く白いシューズを、購入する事ができませんでした。

不憫に思ったフェラガモが、靴職人のアドバイスを受け、一人で、靴を完成させました。

初めて靴を完成させたことを、きっかけに、フェラガモは、自身の靴作りに関する才能に気がつきます。

初めて靴を完成させた2年後の11歳の時に、靴工房をオープンさせます。9歳で靴作りを始め、11歳で自身の店を持った、天才の作る靴は、優れたデザインと履きやすさで評判となり、大成功を収めます。

しかし、フェラガモは、更なる高みを目指します。当時靴作りの先進国である、アメリカへ渡る決断をします。

15歳でアメリカに渡った、フェラガモ。フェラガモは、アメリカで最新のマシンメイドによる、大量生産の靴作りを目の当たりにします。

最新の靴作り以外に、大学で解剖学を学び、医学的な視点から、靴作りに向き合い、足を痛めない美しい靴の開発に勤しみます。

その結果、フェラガモは、靴作りに関して数々の特許を取得しました。

スターの為の靴職人の称号

医学的な知識と、確かな靴作りの技術を武器に、フェラガモは、アメリカのハリウッドで、シューズショップをオープンさせます。目的は、ハリウッドスターを顧客に取り込む事でした。

フェラガモの作る靴の評判は非常に高く、ハリウッドでもフェラガモのシューズは好調なセールスを記録します。

多くの、ハリウッド女優も、フェラガモのシューズを愛用し、フェラガモはいつしか、スターの為の靴職人と呼ばれるようになります。

アメリカで約13年過ごしたフェラガモは、イタリアへ帰国、1927年に満を持して、サルヴァトーレ・フェラガモをオープンさせます。

アメリカで絶大な人気を誇っていたフェラガモが、自身にブランドを、イタリアで設立した理由は、ハンドメイドに、拘りたかったから、だと言われています。

当時のアメリカは、マシンメイドの靴作りが主流、アメリカでブランドを大きくするには、完全なる、マシンメイドへの切り替えが、必要不可欠でした。

それでは自分の目指す靴ができないと確信した、フェラガモは、アメリカを去る決断をしました。

1927年にイタリア、フィレンツェにサルヴァトーレ・フェラガモを設立

フェラガモがブランドを設立した、1927年。既に、靴職人として、フェラガモの名前は、ハリウッドスターや、富裕層の間では知れ渡っていました。

フェラガモが、本国のイタリアで、ハンドメイドのシューズブランドを設立したと言う噂は、ハリウッドまで届きます。

ハリウッドで製造していた、フェラガモのシューズは、マシンメイドでした。マシンメイドとはいえ、丁寧に仕立てられた、フェラガモのシューズは、大量生産のマシンメイドとは、比べ物にならないほどの、高いクオリティを誇っていました。

ハリウッドスターや、富裕層を虜にした事実から、その品質の高さが伺えます。マシンメイドでさえ、かなりのクオリティのフェラガモのシューズ、丁寧はハンドメイドなら、それ以上の履き心地である事は、間違いありません。

ブランドを構えたフェラガモの元には、ハリウッド女優や、富裕層からオーダーが殺到します。アメリカの大手デパートも、フェラガモと契約。

アメリカやヨーロッパの高級デパートへ、ハンドメイドのフェラガモのシューズを大量に輸出、先進国の富裕層の間で、フェラガモのシューズは、最も優れた靴として扱われました。

ビジネスは好調、フェラガモは、輝かしい未来を約束されたように、見えました。しかし、この時、フェラガモには、不穏な足音が忍び寄っていました。

1933年にフェラガモ倒産

順調なスタートを切った、フェラガモでしたが、1933年に倒産します。ブランドを立ち上げて、僅か、6年。フェラガモが、経営者として無能だったと言う事ではありません。1929年の世界恐慌が、フェラガモを飲み込みます。

当時のフェラガモのシューズは、アメリカやイギリスの貴族や、富裕層をターゲットとして、生産販売していました。つまり、イタリアは工場のみで、イタリア本国では、シューズの販売を行っていませんでした。

世界恐慌により、ドルやポンドの価値が暴落、そして、ハリウッドのフェラガモのショップの価値も殆どなくなります。

外貨に頼っていた、フェラガモは、当然資金難に陥り、やむなく倒産する事となります。

倒産からの復活

倒産により、工場を閉鎖した、フェラガモですが、冷静に倒産の事実を受け止め、再スタートを切る事を決意します。

王侯貴族に、フェラガモの靴の素晴らしさをアピールし、売り込み、資金を調達、かつての、フェラガモの顧客であった、ハリウッド女優にも声をかけ、不可能と言われていた、フェラガモの再建に奮闘します。

貴族のためのシューズと呼ばれるほど、王侯貴族に愛されたフェラガモのシューズ。ブランドの再建には、イランやインドの貴族の力がかなり大きかったと言われています。

倒産から、5年ほどで、アメリカや、ヨーロッパ等の先進国で、フェラガモのシューズを販売する程になります。

本当の意味でのフェラガモブランドのスタートです。そして、フェラガモのシューズは。イタリア国内でも販売を開始します。

時代の流れを読み取りマシンメイドへ

一度倒産を経験した、フェラガモは、時代の流れに柔軟に、会社を順応させていきます。1950年代にフェラガモは、マシンメイドへとシフトチェンジしていきます。

第2次世界大戦が終結すると、世の中の流れが大きく、変わります。求められているモノの本質が変わった事に、いち早く気づいたフェラガモは、ハンドメイドのシューズの需要が、以前ほどないことに気がつきます。

贅沢な、ビスポークシューズよりも、上質なレディ・メイドシューズの方が、時代に合っていると判断した、フェラガモは、マシンメイドに切り替えます。

しかし、完全マシンメイドへの切り替えではなく、繊細な作業には手作業、スピードが必要な単純な作業は、マシンメイドと、分業により、フェラガモの、クオリティを維持する事を考えます。

この発想により、フェラガモのシューズは、大量生産が可能となり、更に販売のシェアを拡大させる事に成功しました。

1967年にプレタポルテラインをスタート

サルヴァトーレ・フェラガモが1960年に亡くなり、ブランドは、妻や子供たちが引き継ぎます。1967年にフェラガモはプレタポルテラインをローンチ。

レディース、メンズのトータルファッションを展開します。メンズのシューズラインが本格的に立ち上がるのもこの時期です。

2000年にマーク・オディベがレディースのデザイナーとして就任

フェラガモが、シューズブランドではなく、ラグジュアリーブランドとして、認められたのは、2000年以降です。

エルメスや、トラサルディのデザイナーとして活躍した、マーク・オディベをフェラガモのレディースプレタポルテデザイナーとして、迎え入れます。

マーク・オディベが手掛ける洗練された、リュクスなフェラガモのレディースウエアは、富裕層の間で話題となります。

それ以降も、数々の有名デザイナーを迎え入れる事により、フェラガモは、老舗ラグジュアリーブランドとして、揺ぎ無い地位を手に入れました。

サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)が見せるメンズファッションの未来

鬼才、ギョーム・メイアンが創り上げるフェラガモの新たなメンズスタイル

2018年春夏、のフェラガモの最新コレクションがミラノで発表されました。ラグジュアリーブランドの、春夏コレクションのビッグキーワードである、リゾート。ギョーム・メイアンの創り上げる、フェラガモからも、優雅な、リゾートスタイルがリリースされました。

バカンスを楽しむ、若き富裕層に最適な、リラックスした雰囲気のショートパンツに、ドロップショルダーのアンコンジャケット。見るからに上質で柔らかな質感のレザージャケットも、リュクスなサマーヴァケーションに必要不可欠なアイテムです。

今回のメインボトムでもある、ショートパンツは、裾の広がったフェミニンな雰囲気が、印象的でした。

春夏の定番である、オープンシャツは少しルーズなスラックスとあわせたり、ジャケットのインナーに合わせたりと、頻繁に登場。ローゲージのコットニットや、スプリングコートも優雅でエレガントでした。

ライトブルーやベージュ、ネイビーに白、そしてアースカラーや、ペールトンで、上質なカジュアルウエアを中心のコレクションを展開した、フェラガモのショー。

カジュアルなリアルクローズの中にも、ノーブルさと、ラグジュアリさは勿論健在です。

春夏コレクションでありながら、サンダルではなく、ラバーソールのデザートブーツやローファーなどボリューム感のあるシューズの展開も新鮮でした。

ショーでは抱えるように持った、滑らかな質感のレザーバッグも、2018年の春夏のトレンドアイテムと、なりそうです。

新生、フェラガモがメンズファッションを牽引

若き鬼才、ギョーム・メイアンが手掛ける、フェラガモのメンズライン。デザイナーが変われば、ブランドが変わる事は当然ですが、老舗ラグジュアリーブランドを、トレッドセッターへと導いた人物は、間違いなく、ギョームです。

ノーブルでモダンな新生、フェラガモを創り上げた、ギョーム・メイア。ファッション界が彼に注目している事は勿論、ギョームが創り上げた新生、フェラガモが、メンズファッションを牽引していく事も間違いありません。

【Salvatore Ferragamo Official Site 】
https://www.ferragamo.com/shop/ja/jpn

【Salvatore Ferragamo ONLINE SHOP】(外部サイト)
SALVATORE FERRAGAMO メンズ

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INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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