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クリストファー・ベイリー退任! どうなる? バーバリー(BURBERRY)

世界的もかなり長い歴史を持つ、ラグジュアリーブランドのバーバリー。日本では最も有名な英国ブランドであり、身近なブランドの一つです。しかし、2005年に、三陽商会とのライセンス契約を終了。日本独自のブランドであった、バーバリー・ブラックレーベルや、バーバリー・ブルーレーベルが消滅。ハイエンドラインであった、バーバリー・プローサムも、バーバリーとして一本化。更なる高見を目指す、老舗ブランドのバーバリー。そこへ飛び込んできた、世界的、インフルエンサー、クリストファー・ベイリーの退任。バーバリーの未来は?そして進化し続ける、老舗ブランドに迫ります。

バーバリー(BURBERRY)の功労者クリストファー・ベイリーの退任

今年10月にファッション界を震撼させたニュース

変革の時期を迎えようとしている、英国の老舗ラグジュアリーブランドの、バーバリー(BURBERRY)。日本で、最も有名な英国ブランドであり、日本の大手アパレル企業である、三陽商会とライセンス契約により、日本独自のレーベルである、バーバリー・ブラックレーベルや、バーバリー・ブルーレーベルのローンチにより、その知名度を急速に浸透させる事に成功しました。

三陽商会と、バーバリーのライセンス契約が始まったのは、1970年と、今から45年以上も前の事です。しかし、45年目にして、三陽商会と、バーバリーのライセンス契約は終結、バーバリー・ブラックレーベルおよび、ブルーレーベルは消滅しました。

主にデパートを中心に、好調な売り上げを記録していた、バーバリー・ブラックレーベルと、ブルーレーベル。

契約終結が、発表されると、ブラックレーベルや、ブルーレーベルの顧客を中心に、所謂、駆け込み需要が、起こったほどです。

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バーバリーのライセンス終了は、日本だけでなく、世界中で終結、寧ろ、独自のレーベルをローンチし、順調な売り上げを伸ばしていた、三陽商会とのライセンス終了は、一番最後でした。

ライセンス終了の理由は、ブランドの価格の統一化。つまり、更にハイエンドで、ラグジュアリーなバーバリーを、世界中に浸透させる目的です。

70年代から80年代、ラグジュアリーブランドが行ったライセンス契約。ブランドロゴやマークを、使用したitemを、生産し、デパートを中心に、大量販売、それにより、ブランドの知名度を、飛躍的に浸透させるという、コマーシャルを遂行しました。

勿論ライセンス商品に関しては、ブランドのデザイナーの関与はありません。バーバリーは、ライセンス契約により、日本での知名度を浸透させたブランドの代表格です。

ライセンス契約により、バーバリーのハウスチェックを使用した、マフラーや小物の販売や、バーバリーのロゴやマークの入った、タオルやハンカチ、アンダーウエアーの販売、さらには、インテリアの販売と、幅広くライセンスプロダクツを浸透させました。

ライセンスプロダクツの成功により、バーバリーは、日本で最も有名なブランドの一つとなります。

しかし、ライセンスプロダクツは、ブランド名を浸透させると同時に、ブランドのイメージを低下させる諸刃の刃です。

バーバリーも長年この、ライセンス契約のジレンマに悩まされた、ブランドでした。全てにライセンス契約を終結し、バーバリーのファーストラインであった、バーバリープローサムを2016年終了。

バーバリーブランドは、スリム化し、様々なラインを統一、新生、バーバリーとしてスタートを切りました。

ブランドをスリムにする事により、よりラグジュアリーなブランドとして、高見を目指す、バーバリー、更なる期待が高まる中、世界中を震撼させた、クリストファー・ベイリーの退任。

2017年10月に発表された、このニュースに、今後のバーバリーの未来を、不安視する声も上がりました。

バーバリーの功労者であり、CEO兼、チーフ・クリエイティブ・オフィサーである、ベイリーを失ったバーバリーの今後とは?

そして、バーバリーの功労者である、クリストファー・ベイリーとは?

バーバリー(BURBERRY) の功労者、クリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)とは?

世界で最も影響力のあるデザイナー

老舗英国ブランドである、バーバリーは、英国らしい、質実剛健なイメージのブランドです。バーバリーのトレンチコートは、世界的に有名なプロダクツであり、普遍的なマストガーメンツです。

その実力の高さは、ロイヤルファミリーご用達であり、貴族や富裕層の、ご贔屓itemとして浸透している事からも明らかです。

悪天候で有名なイギリスには、バーバリーのトレンチコートが、必需品であり、英国にこそ似合うガーメンツが、バーバリーのトレンチコートです。

揺らぐ事のない、不滅的なウエアを作り続ける職人気質なブランドを、トレンドセッターへと押し上げた人物が、バーバリーを、ヤングセレブレティーに、浸透させた、クリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)です。

バーバリーのファーストラインである、バーバリー・プローサムのデザイナーであり、バーバリーのCEO、そして、最も影響力のあるインフルエンサーとしても、有名な、クリストファー・ベイリー。

バーバリー・プローサムを2001年より、バーバリーの全てのコレクションを統括した、鬼才は、クラシカルな、バーバリーのイメージを一新、モダンでフレッシュな、バーバリーブランドをローンチした、人物です。

現在のバーバリーがあるのは勿論、ベイリーの手腕によるもの、経営者としても、デザイナーとしても、バーバリーを支え続けた、クリストファー・ベイリーとは?

クリストファー・ベイリーの経歴は?

端正な顔立ちに、クリーンなスタイリングの、クリストファー・ベイリー。老舗ラグジュアリーブランドを牽引する、デザイナーにはやはり、漂うような育ちのよさは必要不可欠に感じます。

英国の富裕層ご用達ブランドであり、英国のプライドともいえる、バーバリーの舵を取るには、クリストファー・ベイリーは適任だったと言えます。

1971年にイギリスのヨークにて産声を上げた、ベイリー。父親は大工、そして母親は、マークス&スペンサーのビジュアルデザイナーでした。

マーク&スペンサーとはイギリスを代表する、老舗企業。イギリス国内に300店舗以上を、展開する、アパレル、生活雑貨、食料品を扱う、流通グループです。

創作する事を生業とする、両親の元に生まれた、ベイリーが、ファッションの世界に足を踏み入れた事は必然ともいえます。

裕福な家庭で育った、ベイリーは、ウエストミンスター大学を卒業後、名門、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートへ進学します。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで、ベイリーが専攻したのは、勿論ファッション、修士号を取得すると、ダナキャランに就職すべき、ニューヨークを目指し、渡米します。

ベイリーのダナキャラン入りは、在学中に内定しており、ベイリーの才能に惚れ込んだ、ダナキャランサイドから、熱烈なラブコールを受け実現しました。

ダナキャランでキャリアをスタートさせた、クリストファー・ベイリーは、大物デザイナーの目にも留まります。

トムフォードからのラブコールで、グッチに移籍

ニューヨークに移り、ダナキャランで約2年活動した、クリストファー・ベイリーは1996年に、グッチに移籍します。

イタリアを代表する、ビッグメゾンへの移籍は、トムフォードからの熱烈なラブコールを受け、実現しました。

ダナキャランの活動により、直ぐに頭角を現した、ベイリーの才能に、魅せられた、トム・フォード。1996年のグッチは、飛躍的に成長を遂げようとしている時期でした。

トム・フォードが、クリエイティブディレクターに就任したのが、1994年、トム・フォードによる、新たなグッチの幕開けであり、グッチの完全復活の幕開けでした。

トム・フォードグッチは、ファッションエディターや、富裕層から絶大な支持を獲得、ラグジュアリーなトレンドセッターとしての地位を確立しました。

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飛ぶ鳥落とす勢いの、グッチのレディースラインの、シニアデザイナーと言うポジションを、与えられた、ベイリー。

トム・フォードからの信頼が絶大だった事が伺えます。ベイリーは、約5年間、グッチに在籍、トム・フォードが、老舗ブランドを、復活させ、トレンドセッターへと押し上げる姿を、間近で見ていた人物の一人です。

グッチで経験は、バーバリーと言う、英国老舗ブランドの牽引していく上で、貴重な経験に、なったはずです。

そして、鬼才トムフォードの仕事を近くで、見る事ができた、幸運も、クリストファー・ベイリーの、クリエイター人生に、大きな影響を与えています。

2001年にバーバリーのクリエイティブ・ディレクターに就任

バーバリーのハイエンドラインであり、ファーストラインの、バーバリー・プローサムが、1999年ローンチされます。

ラグジュアリでハイエンドな素材を使用した、バーバリーのハイエンドラインはファッションエディターや、富裕層から、注目を集めました。

プローサムを立ち上げるにあたり、クリエイティブ・ディレクターに指名された人物が、ロベルト・メニケッティでした。

メニケッティは、ジルサンダーの元で、デザインを学んだ人物で、素材に対して、徹底した品質管理を求めるデザイナーとしても知られています。

メニケッティによる、バーバリー・プローサムの評価は、低いものではありませんでした、特にレザーウエアは、それまでの、バーバリーからは想像できない、ワイルドな雰囲気を纏っていました。

しかし、バーバリーとの相性はそれほど、よくなく、メニケッティは2001年には、バーバリーを去ります。

メニケッティの後任として、指名された人物が、クリストファー・ベイリーでした。ローンチされたばかりの、バーバリー・プローサムと、全てのラインを任された、ベイリー。

想像しがたい、プレッシャーの中、ベイリーは、ラグジュアリーで、フレッシュな、バーバリーを、ハイエンドラインのプローサムで表現しました。

トムフォードが、グッチを作り変えたかのような、ベイリーによる、バーバリー・プローサムは、世界中のファッションエディターや、ファッショニスタを陶酔させます。

老舗の英国ラグジュアリーブランドという、”お堅い”イメージのバーバリーを、モダンで、モードな新生ブランドのように、生まれ変わらせた、クリストファー・ベイリー。

ベイリーが手掛ける、バーバリーは、コレクションを重ねるごとに、モダンさと、モードさを増していきます。

しかし、バーバリーというブランドの伝統には、敬意を払い、一貫して、ノーブルさを失う、ガーメンツのリリースはしない徹底振り、ノーブルさと、クラシカルな枠組みから、はみ出さない、モードでモダンなバーバリーを生み出しました。

この生まれ変わった老舗ブランドに、興味を持ち始めたのが、感度の高い若き富裕層です。元々、ノーブルなガーメンツを好む、ヤングセレブレティ、上品で前衛的な、ベイリーが創り上げるバーバリーは急速に、ヤングセレブレティに広まります。こうして新たな顧客層の開拓にも貢献した、クリストファー・ベイリー。

ベイリーが、バーバリーを統括していなければ、ヤングセレブレティを、顧客として取り込む事は、なかったように感じます。

新生、バーバリーとして、ファッション界に大きな衝撃を与えた、クリストファー・ベイリーは、最も影響力のあるデザイナーと、称されるようになります。

バーバリーの人気絶頂と共に、CEOへ

バーバリー史上最も偉大なデザイナーと称されるほど、クリストファー・ベイリーの評価は高く、ベイリーのデザインする、バーバリーは常に、ファッションエディターや、ファッショニスタの注目の的となります。

2005年に、バーバリーでの功績が高く評価され、ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞します。

そして、2014年に、バーバリーグループのCEOへ就任します。このときのベイリーのポジションは、チーフ・クリエイティブ・オフィサー兼CEO。

ベイリーは、バーバリーを更に、ラグジュアリーなブランドへと導きます。

クリストファー・ベイリーの以降によりライセンス完全廃止

2015年に三陽商会との間の、ライセンス契約を終結した、バーバリー。このニュースは、ファッション界以外にも、大きな、波紋を呼びました。

経済的には、大きな打撃となるいう見方を示す、経済アナリストも少なくなく、今後のバーバリーや、三陽商会はの経営にも大きな、影響を与えると言う意見も、多く上がりました。

しかし、ベイリーは、経済的なマイナスを被ってでも、バーバリーの建て直しに邁進しました。ベイリーが経営陣として行った、バーバリーブランドの一本化に、より、商品価格は上昇、マス層を、バーバリーは排除したと、非難する、アナリストも現れました。

しかし、元々、ラグジュアリーブランドは、富裕層にターゲットを絞り展開するものであり、バーバリー社や、クリストファー・ベイリーの判断は、バーバリーというラグジュアリーブランドの、クオリティーを保つためには必要な事であり、当たり前の事です。

つまり、ブランド創立時のバーバリーに、戻っただけの事です。ライセンスで展開していた、トレンチコートの価格は、10万円前後、しかし、英国製のバーバリーのトレンチコートは、30万円前後、3倍もの価格に、開きのあるitemは、やはり、カスタマーの混乱を招き、ブランドのイメージを低下させる恐れを含んでいます。

ライセンスを廃止し、ブランドをスリム化させたバーバリー。ラグジュアリーブランドとして、生き抜く事を決めた、決意の表れにも感じます。

バーバリー(BURBERRY)の歴史は?

トーマス・バーバリーによって1856年に設立

バーバリーは1856年にトーマス・バーバリーによって設立させた、洋品店からその歴史が始まります。150年以上の長い歴史を持つ、バーバリー。老舗ブランドが、犇きあう、イギリスでも、古参として、知られています。

トーマス・バーバリーは、21歳で、自身の洋品店をオープン、豊富なアウターの品揃えで話題となり、オープンして数年で、イギリス全土にその名を知らしめます。

当時、貴族や富裕層の間で大流行していたハンティング。ハンティングに最適なスポーツウエアを売り出し、大ヒットを記録したトーマス・バーバリー。

自身を、”ウエアの革命家”と称するだけあり、先見の明には、長けていました。

トーマスが手掛けたスポーツウエアは、貴族や富裕層の間で話題となり、1881年、トーマスのショップはロンドンへと進出します。

1888年には、ギャバジンで特許を取得

洗練されたデザインと、豊富な種類の、アウターで、一躍人気ブランドとして、イギリスでその名を轟かせた、バーバリー。トーマス・バーバリーは、ウエアの可能性を追求した人物でもありました。

デザインに加え、より機能的なガーメンツについて、試行錯誤していた、トーマスは、農民が、農作業中に、羽織っていた上着を参考に、耐久性と防水性に優れた、ファブリックである、ギャバジンの開発に成功します。

バーバリー社が開発した、ギャバジンは当時のハイスペック素材で、バーバリーの得意とするアウターは勿論、ミリタリーウエアや、登山服などの、プロスペックガーメンツにも使用されます。

バーバリーが開発した、ギャバジンの成功は、衣服の可能性を大きく飛躍させる事となった、発明と言っても過言ではありません。

バーバリーは1888年にギャバジンで、特許を取得、1917年まで独占的に製造権を、行使する事により、イギリス国外にも、その名を知らしめる事となります。

トレンチコートの前身である、タイロッケンコートの製造

バーバリーの代名詞であるトレンチコートは、1895年に誕生します。将校からオーダーのあった、ギャバジン製のベルトで絞るコートである、タイロッケンコートが、トレンチコートの前身だと言われています。

タイロッケンコートを改良させ、コートがトレンチコートであり、第一次世界大戦では、英国陸軍に正式採用されます。

トレンチとは塹壕を意味します。塹壕とは、銃撃戦から、身を守る、穴や溝の事です。バーバリーのトレンチコートは、過酷な戦いを強いられる、兵士の身を守った事により、絶大な信頼を得る事となります。

ジョージ5世ご用達ブランド

伊達男として、その名を馳せた、ジョージ5世。貴族の間ではファッションアイコンでもあった、ジョージ5世が、バーバリーのアウターの素晴らしさに絶賛、コートとジャケットに、於いて1919年に、ロイヤルワラントを授与されます。

バーバリーが正式に、イギリス王室御用達ブランドとして、認められた事を意味します。現在でもバーバリーは、イギリス王室御用達ブランドとして、ロイヤルファミリーに愛用されています。

チャールズ皇太子は、特にバーバリー製品を好んで愛用している事でも有名です。バーバリーの工場の中国移転について、反対意見を表明した事でも、大きな話題となりました。

バーバリーの、プロスペックガーメンツとしてのクオリティ

第一次世界大戦で、英国陸軍に、50万着以上のトレンチコートを提供したバーバリー。その後、民間にも、バーバリーのトレンチコートは、浸透していきます。

英国を代表するコートである、トレンチコート、そして、誰もが認める、トレンチコートのパイオニアがバーバリーです。

1920年代には、バーバリーを代表するガーメンツとして、君臨していたトレンチコート。トレンチコートも含め、実は、バーバリーのウエアは、デザイン以上に、機能的にも優れた、プロスペックガーメンツとして高い評価を得ていました。

英国陸軍に、バーバリー社のガーメンツが、正式採用させる前の、1910年に、イギリス人パイロットの、クロード・グラハム=ホワイトが、バーバリーのギャバジン製の、フライトウエアを着用、翌年には、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセンが、バーバリーの探検服を着用して、南極点に到着。

極寒地に於いても、高い保温性を発揮した、バーバリーのガーメンツの凄さを、世界中に知らしめます。

その後も、探検家やアルピニストがこぞって、バーバリーのガーメンツを愛用、バーバリーはプロスペックガーメンツとしても、トップブランドの地位を獲得します。

1924年、バーバリーチェックの誕生

バーバリーチェックとして、世界中で認識されている、キャメルベースの、上品なタータンチェック、ハウス・チェックとも呼ばれる、バーバリーを代表するチェックであり、バーバリーのアイコンです。

”カントリー・タータンチェック”として1924年にバーバリーが、トレンチコートの裏に採用、動くたびに、覗くチェック柄が、上品な為、バーバリーの顧客の間でブームとなります。

1920年代は、様々なブランドからも、トレンチコートや、レインコートがリリースされていました。コートの裏地に、バーバリー・チェックを採用した理由は、他社との、差別化を図る目的があったように感じます。

バーバリー・チェックを発表したことにより、バーバリーは、ラグジュアリーな、ファッションブランドとして更に注目を集める事となります。

1960年代バーバリーチェックをファッションアイコンとして確立

世界的にも英国の老舗ラグジュアリーブランドとして、揺ぎ無い、ポジションを手に入れた、バーバリーは、バーバリー・チェックをブランドアイコンとして、大きく売り出します。

1967年に、それまで、裏地として採用していた、バーバリーチェックを、使用した、グッズを発表、世界中にバーバリー・チェックを浸透させます。

このバーバリー・チェックの大ブレークが、ライセンス商品へと、つながっていき、よくも悪くも、”バーバリーチェック=バーバリー”のイメージを、確立させる事となります。

特に日本で、バーバリーチェックの人気は著しく高く、三陽商会がローンチした、若きファッショニスタの為の、バーバリー・ブルーレーベルは、20代前後の女性の間で大ブレーク、女子高校生が、制服に、バーバリーチェックのマフラーを合わせるスタイルが、90年代に一大ムーブメントを起こしました。

若い女性の間で、バーバリーを浸透させると言う、目的の、バーバリー・ブルーレーベルのローンチは、プロジェクトとしては、大成功といえました。

しかし、英国、バーバリーを愛用する、富裕層が、バーバリーから、距離をとるようになったことは、事実です。

90年代、日本でのバーバリーのポジションは、”女子高生のブランド”と言う、チープなイメージ、本社、英国バーバリー社にとっては、不名誉であり、ライセンス終結の原因は、日本での、安価な販売方法にあったとも言われています。

バーバリー(BURBERRY)の未来のカタチ

ライセンスを廃止し、クリストファー・ベイリーを失ったバーバリー

2015年に、三陽商会とのライセンス契約を終了、ライセンスを廃止する事により、より、ラグジュアリーなブランドへと、進化を遂げるバーバリー。

しかし、バーバリーの功労者であり、絶対的、インフルエンサーである、クリストファー・ベイリーは、2017年の12月に、バーバリーを去ることが決定しています。

ベイリーはインタビューで、老舗ブランドでありながら、フレッシュなスピリッツを持ち続けているブランドだと、バーバリーを賞賛、バーバリーを去る決断は、非常に苦しかったとコメントしています。

ベイリー在籍中の、バーバリーの2018年春夏コレクションで、川久保玲が見出した、ロシア出身の新進デザイナー、ゴーシャ・ラブチンスキーとのコラボレーション、ガーメンツをリリース。

ストリート色の強い、鬼才デザイナーとのバーバリーのコラボレーションには世界中に、衝撃を与えました。

ベイリーの言葉通り、フレッシュで、アヴァンギャルドな感性を持つ、老舗ラグジュアリーブランドのバーバリー。

ベイリー後の、クリエイティブ・ディレクターと、更なるラグジュアリー且つ、アヴァンギャルドなバーバリーの未来に、期待が高まります。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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