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クリスチャンダダ ( CHRISTIAN DADA ) 世界の歌姫を魅了するアドレッセンス性を持った東京モードブランド

ヤングファッショニスタや、感度の高いファッションセレブを魅了してる、クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)。独特の存在感を放つモード色の強いブランドである、クリスチャンダダは、アヴァンギャルドなファッションでも有名な、世界の歌姫、レディー・ガガのワールドツアーの衣装を手掛けたブランドとして、その名を世界中に轟かせました。クリスチャンダダを率いるデザイナーである、森川マサノリは、日本人では勿論、ジョルジオ・アルマーニ以外で、レディー・ガガのワールドツアーのコスチュームを手掛けた唯一のデザイナーです。デビューしてまだ、10年未満の新生ブランドですが、既に、コレクションの場所をパリへ移し、世界に向けてアプローチしています。世界の歌姫を魅了する、若き鬼才デザイナーが手掛ける、日本ブランドに迫ります。

Contents / 目次

クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)世界中を熱狂させる歌姫が陶酔するモードブランド

アルマーニ以外に初めてレディー・ガガのワールドツアーの衣装を手掛けたブランド

世界中を熱狂させる歌姫である、レディー・ガガのワールドツアーの衣装を手掛けたブランドとして、その名を世界中に轟かせた、クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)。

2011年にレディー・ガガの衣装を手掛けた事が、クリスチャンダダと、レディー・ガガの最初の出会いだと言われています。

レディー・ガガは、完璧主義者の多いアーティストの中でも、特に妥協知らずの人物として有名です。

特に、ツアーに関しては、かなり神経を使い、納得いくまで、徹底的に拘る事でも知られています。

奇抜なファッションが、トレードマークでもあるレディー・ガガは、ファッションにおいても音楽同様にかなり強い拘りを持っています。

メディアの前に出るときは勿論、プライベートでも、ファッションに費やす時間がかなり多いと、様々なインタビューで公言しています。

レディー・ガガが最も拘るファッションが、ツアーで身に着けるコスチューム。レディー・ガガにとって、ツアーは、最高のパフォーマンスを披露する場所であり、一種のテーマパークやアトラクションと捉えているようで、当然衣装にも一切の妥協はありません。

レディー・ガガのご贔屓ブランドとしてその名を轟かせる

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その証拠に、レディー・ガガが、ワールドツアーで着るコスチュームは、全てアルマーニによるオーダー品でした。

世界中のセレブレティを顧客にもつ、イタリアモード界の雄である、アルマーニが手掛ける、レディー・ガガのコスチュームは、当然、ツアーの目玉の一つでもあります。

レディー・ガガのワールドツアーの衣装を手掛けるブランドは、アルマーニ以外に存在しないと誰もが思っていた、矢先の2012年、新生ブランドである、クリスチャンダダが、ワールドツアーの衣装を手掛ける事が決定、大きな話題となりました。

デビュー間もない、クリスチャンダダに、ビッグアーティストが、ワールドツアーの衣装のオファーすると言う、衝撃的なニュースは、世界中で話題となりました。

親日家であり、日本フリークとして知られる、レディー・ガガが日本のブランドだからという理由で、クリスチャンダダをピックアップするはずはありません。

数々のブランドをリサーチし、袖を通し結果、クリスチャンダダに白羽の矢が立った事は言うまでもありません。クリスチャンダダの独創的なワードローブを見た瞬間に、ツアー衣装のオファーを出す事は、ほぼ決まっていたとも言われています。

人気絶頂の、世界を魅了する、歌姫が衣装に選んだ、日本ブランドである、クリスチャンダダの名前は、急速に、世界中のファッショフリークの間へと、浸透しました。

若き鬼才、森川マサノリに持つ独特の世界観と、揺ぎ無いモードワードローブに日本は勿論、世界中のファッションメディアや、ファッションフリークが陶酔しています。

圧倒的なモードガーメンツに、音楽やストリートの要素をエッセンスとして加える、クリスチャンダダのワードローブは、ファッションフリークは勿論、ミュージシャンやアーティストからも高い支持を得ています。

世界中のアーティストを虜にする、日本を代表する新生モードブランドに迫ります。

クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)とは?

2010に設立させた日本のプレタポルテブランド

クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)は2010年に設立された、日本のプレタポルテブランドです。創立者であり、デザイナーは、森川マサノリです。

森川氏は、2010年にクリスチャンダダを設立し、2011-12年秋冬の東京コレクションに参加、ランウェイコレクションデビューを果たします。

森川氏は、クリスチャンダダのブランドコンセプトとして、”アドレッセンス性を持ったプロダクトアウト”を掲げています。

アドレッセンスとは思春期の意味で、思春期の少年の持つ特有の憤りや、漠然とした虚無感、そして儚さを、エッセンスとして、落とし込んだプロダクツ展開しています。

その為、クリスチャンダダのプロダクツからは、常に、少年の持つ特有のナイーブさや、ノスタルジーが漂っています。

モードなワードローブをベースとした服作りに、音楽的アプローチを感じる事のできるプロダクツが多い事も、クリスチャンダダの大きな特徴です。

ランウェイブランドであり、プレタポルテブランドのクリスチャンダダは、シーズンによって表現する世界は、当然、大きく変わりますが、ブランドの根底にある、モードガーメンツに、音楽とストリートのエッセンスをプラスするスタイルは、2011-12年秋冬の東京コレクション以降、変わっていません。

2011年に、DHLデザイナーアワードを受賞

東京コレクションデビューから、直ぐに、多くのファッションメディアや、ファッションフリークから注目を集めたクリスチャンダダは、2011年に、DHLデザイナーアワードを受賞します。このアワードは、世界的活躍が期待される、若手デザイナーに送られる賞で、デザイナーである、森川マサノリ氏の才能が高く評価された事を意味します。

デビューから飛ぶ鳥を落とす勢いのクリスチャンダダは、2013年にフラッグシップショップを、東京、原宿にオープンさせます。ブランドをローンチして3年目の快挙です。

2014年に株式をシンガポールの企業へ売却

2014年春夏の東京コレクションには、アメリカのハードロックバンド、キッス(KISS)がサプライズで登場。キッスがファッションブランドの、ランウェイに登場した事は、今までなく、クリスチャンダダが初めてです。

このニュースは、海外でも大きく報道され、クリスチャンダダは、更に注目を集めます。デビューから、話題に事欠かないブランドである、クリスチャンダダは、2014年に株式の51%を、シンガポールの企業である、ディーリーグ(D’League)に売却、これにより、潤沢な資金を得た、クリスチャンダダは、2015年春夏からコレクションの場所をパリへ移します。

クリスチャンダダは2015年春夏以降、パリでランウェイコレクションを中心に、ワードローブを発表しています。

クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)の最新コレクションは?

2018-19年秋冬のテーマはスパイラル

2018年1月21日に、クリスチャンダダによる、2018-19年秋冬のランウェイコレクションが行われました。パリのファッションウィーク最終日に行われた、コレクションには世界中から、ファッションジャーナリストや、バイヤーが訪れました。

既に、パリコレの常連である、クリスチャンダダを目的に、パリへ訪れる、ファッショニスタも多いといいます。

今回のコレクションのテーマは、”スパイラル”。デザイナーの、森川氏が、螺旋をテーマに選んだ理由は、映画監督デヴィッド·リンチの言葉に感銘を受けたからのようです。

デヴィッド·リンチの言葉に感銘を受け誕生したコレクション

クリスチャンダダが得意とする、セクシーでノーブルなスタイルに、ストリート色が強めに表現された、最新コレクションは、トレンドの、ユースカルチャースタイルと、少し異なり、クリスチャンダダ独特の、ノスタルジーさを醸し出していました。

黒のセットアップのように見えるセクシーなスーツスタイルは、よく見るとオールインワンで、ドロップショルダーに、ゆったりとした、クロップド丈のプリーツパンツを合わせたような見せ方は、80年代に日本のモードブランドを髣髴とさせました。

クリスチャンダダの得意なダークトーンのモードスタイルは、今回様々な、プロダクツやスタイリングからも感じ取る事ができました。

クリスチャンダダの2018-19年秋冬コレクションは、ストリート色の強いコレクションではあるのですが、スーツや、テーラードジャケット、そしてスラックスやロングコートも数多く、ランウェイに登場しました。全体的にルーズなシルエットのスーツや、テーラードジャケットが多く、クラシカルなモードスタイルが、ノスタルジーさを醸し出していました。

ビッグサイズのダブルブレステッドジャケットに、クロップドのスラックスを合わせる、タフで、リュクスなスタイルに、キャプをセットするセンスは、流石は、世界が注目する新生ブランドです。

比較的ベーシックでクラシカルなアイテムが多い、今回のクリスチャンダダのコレクションをかなり刺激的なモードスタイルに昇華させている要因は、ストリートアイテムのミックスとスタイリングにあるように感じました。

例えば、ノーブルなロングコートに、トラックパンツを合わせるスタイリングのインナーに、タートルネックとメタルバンドを髣髴とさせる、Tシャツをレイヤードするなど、細かな演出が、随所に散りばめられていました。

圧巻のアクセサリー使いにファッショニスタが歓喜

アクセサリーを含めた小物使いも素晴らしく、パンキッシュなチェーンタイプのネックレスは、クリスチャンダダのノーブルなワードローブを、かなりセクシーに味付けしていました。80年代を髣髴とさせる、キーホルダーや、ショルダーバッグは、ノスタルジックで、チープな印象が、より、ブランドの世界観を強めていました。

小物やアクセサリーにも一切妥協しない、クリスチャンダダの真骨頂を、目の当たりにしたようなスタイリングも数多く登場し、改めて、クリスチャンダダが、パリコレブランドであることを認識させられます。

ハードなロングネックレスなどのハードなアクセサリーは、トレンドアイテムとしても注目度が高いアクセサリーです。

メインプロダクツのカッパ(Kappa)とのコラボレーションガーメンツ

そして今回のメインプロダクツは、カッパ(Kappa)とのコラボレーションアイテムです。様々なランウェイブランドとコラボレーションを行ない、今注目を集めている、イタリアのスポーツブランドであるカッパ。

クリスチャンダダとカッパのコラボレーションは、ファッションフリークが、最も気になっていたプロダクツだったといっても過言ではありません。

ブランドロゴの入ったスウェットや、フーディー、そして注目のトラックパンツの登場は、多くのファッショニスタが、予想していたプロダクツであり、多くのファッションフリークが求めるアイテムでもあります。

しかし、クリスチャンダダのカッパのコラボレーションは、所謂スポーツアイテムだけでは終わりません。

ライン状にアイコニックマークを配した、カッパのお馴染みのデザインを、クリスチャンダダのMA-1やドレスシャツにもドッキングしたワードローブが、ランウェイに登場。

この予想を大きく裏切る、コラボレーションワードローブの登場には、多くのファッショニスタから、ため息が漏れました。

スポーツブランドとのコラボレーショは、スポーツアイテムをリリースする事が、常だと思っていた、固定概念を、今回のコラボレーションで、クリスチャンダダは、見事打ち砕いてくれました。

特にクラシカルでロマンチックな、ドレスシャツに、カッパのアイコニックテープをあしらったプロダクツは、スポーツブランドとモードブランドのコラボレーションの、新たなカタチを築き上げたアイテムのように感じました。

今回のコレクションを支えた、かなり手の込んだファブリック

西陣織のスーツや、ハンドワークによって完成した、デニムのパッチワーク生地を使用したジャケットなど、かなり手の込んだワードローブも目立った、今回のコレクション。

今回の、クリスチャンダダのコレクションでは、得意のモードスタイルから、スポーツミックススタイル、そしてタフなアメカジスタイルと、幅広いスタイルを完成させる為の、様々な、ワードローブが登場しました。

森川氏がイメージする、様々なスタイルを創り上げる為に、膨大なオリジナルファブリックが必要だった様に、感じます。ちなみに殆どのモデルが身に着けていた、バラの花も、リンチの映画からインスパイアされたもののようです。

一輪のバラが、よりロマンチックな、クリスチャンダダの世界観を創り上げていた事は間違いありません。

クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)を率いる、森川マサノリとは?

1984年生まれの日本のデザイナー

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パリを拠点に活動する、日本ブランドの、クリスチャンダダの創立者であり、デザイナーの森川マサノリは、1984年に、香川県で生まれます。26歳で独立した、森川氏は、34歳という若さで、世界中のファッションセレブを魅了する、プレタポルテブランドを牽引しています。

共働きの会社員の家庭に生まれ、極普通の少年時代を過ごしたという、森川氏。世界中のファッションセレブを魅了する、独自の世界観を醸し出す、ブランドの若きデザイナーは、「特に何の取り柄もない子供でした」と当時を振り返ります。

忙しい両親の代わりに、森川氏の面倒を見ていたのは、祖父母だったようです。森川氏の祖父母は、刺繍屋を営んでおり、その影響もあり、幼い頃からファッションに関心が強い子供だったようです。

幼年期から、ファッションに対する、拘りも強く、自身がピックアップした洋服しか着なかったようです。しかし、ファッション関係の仕事に就きたいと、考えた事も子供の頃は、一度もなかったといます。幼い頃の夢は、以外にも、ジョッキーだったそうです。

ファンションを本格的に、意識し、ファッションの道を志すのは、中学生になってからだそうです。森川氏が中学生の頃の1990年代は、裏原ムーブメント真っ只中。そして、アントワープ6や、マルタン・マルジェアの影響もあり、モード色の強いインポートブランドもかなり注目を集めていました。ヴィヴィアン・ウエストウッドが、日本で大ブレークを果たすのも、1990年代です。

大阪の被服専門学校へ進学

日本中の若者が、ファッションに熱狂していた時期で、スタイリストという職業が注目を集めるのもこの時期です。

DCブランドを着る事も、リメイクを施し、オリジナルガーメンツを製作する事も好きだったという、森川氏は、漠然とファッション業界で働きたいという夢を抱きます。

しかし、今ほどインターネットによって、情報収集が容易な時代ではない1990年代。ファッション界で、働く為に、大阪の被服専門学校へ進学します。

セレクトショップのオリジナルブランドのデザイナーとしてキャリアをスタート

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被服専門学校へ進学した、森川氏ですが、この時もデザイナーになるという選択は、なかったそうです。その証拠に、森川氏は、デザイン科ではなくマーチャンダイジング科を選択し、ファッションビジネスを学びます。

デザイナーではなく、将来は自分のショップが持ちたかったと、森川氏は当時を振り返ります。ファッションビジネスを学んだ、森川氏は、上京し、セレクトショップのオリジナルブランドへ就職します。

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ここから、森川氏のファッション業界でのキャリアがスタートします。最初は、ショップスタッフとして応募した、森川氏でしたが、デザイナーとしての採用が決定します。

この時に、デザイナーとして就職していなければ、自分のブランドをローンチする事は、なかったと言います。

アシスタントのいない、全員がデザイナーという環境で、森川氏は、デザイナーという仕事の面白さに魅了されます。

森川氏は、渡英するまでの、1年間、セレクトショップのオリジナルブランドのデザイナーとして働きます。

渡英後、シャルル・アナスタスのアシスタントとしてキャリアを磨く

デザイナーとして働き出し、1年が過ぎたころ、友人が、渡米する話が、挙がります。元々、イギリスに興味があった、森川氏は、デザイン会社を退社し、友人と共に渡英します。

イギリスへ渡った、森川氏は、シャルル・アナスタスの元を尋ねます。アシスタント先に、シャルル・アナスタスを選んだ理由は、「ファンだった」と森川氏は話します。

シャルル・アナスタスのアシスタントは、約2年でしたが、ブランドをローンチするにあたり、様々な事を学んだといいます。

服作りに関して、実務的なことを全て、シャルル・アナスタスで学んだと、森川氏は言います。シャルル・アナスタスで、学んだ、テキスタイルデザインや、縫製は今のクリスチャンダダのガーメンツに大きな影響を与えています。

日本ブランドでありながら、インポートブランドの空気感を纏う、クリスチャンダダの独特のスタンスは、海外ブランドでのアシスタント時代の影響が大きく関係しています。

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シャルル・アナスタスのアシスタント時代に、海外でのファッションの感覚を身に着けた、森川氏。

例えば、日本のファッションは”細部まで作りこむこと”が、完璧とされ評価されます。しかし、海外では必ずしも、そうとは、限りません。

”ラフな作り方でも美しげれば問題ない”このヨーロッパ独特の感覚は、当時、森川氏にとって衝撃的だったといいます。

リブレゾン(LIVRAISON)を設立

シャルル・アナスタスから独立した森川氏は、帰国後、友人とリブレゾン(LIVRAISON)をローンチします。

2009年まで、リブレゾンのデザイナーとして活躍してきた、森川氏ですが、方向性の違いを感じ、森川氏は退社、自身のブランド、クリスチャンダダを2010年にローンチします。

クリスチャンダダは、当初、ミリタリープロダクツや古着、のリメイクアイテムを製作し、販売していました。その約1年半後に、東京コレクションで、華々しいランウェイコレクションデビューを飾ります。

クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)老舗メゾンを相手に挑戦するニューカーマブランド

異例の早さでのパリコレ参加

2015年春夏から、パリでコレクションを展開しているクリスチャンダダ。今では、パリコレブランドのイメージが定着した、クリスチャンダダですが、ブランドをローンチして、5年目に初参加しています。

創立5年目のブランドが、パリコレに参加することは、初めてではありませんが、かなり異例であることは、確かです。

日本ブランドの場合、東京コレクションを10年近く経験したブランドや、ヨーロッパで、展示会を行ってから、パリコレに参加することが、常識とされていました。

クリスチャンダダはこの常識を覆し、成功を収めているブランドでもあります。ランウェイによる、コレクションを発表して5年にも満たない、日本ブランドが、パリコレのランウェイにてワードローブを披露する事は、奇跡といっても過言ではありません。

ハードルを上げる為の海外コレクション参加

しかし、この奇跡とも言える、急速なブランドの成長も、クリスチャンダダなら、当然のようにも思えるから不思議です。

当時、森川氏は東京でのコレクションに、些かフラストレーションを抱えていました。既に、日本では、注目ブランドのクリスチャンダダが、コレクションを行えば、日本中の、ファッションメディアが会場へ、訪れます。

そしてどのメディアも、クリスチャンダダについても、森川氏についても、否定的なコメントはしない。

自身の手掛ける、ワードローブの、本質的な部分ではなく、ブランド名や、森川氏が手掛けるブランドという、フィルターを通して、全てのプロダクツが評価されていたように感じたそうです。

「東京でコレクションを行う事自体、ハードルが低く感じていた」と森川氏はインタビューで当時を振り返ります。

パリコレでは、フラットな状態で、ブランドを評価してもらえる事に、森川氏は、喜びを感じているようです。

日本と違い肯定的な意見ばかりでは、ありませんが、正当なワードローブの評価を求めていた、森川氏にとって、パリコレクションは心地がいいように感じます。

「パリコレは憧れだった」と答える誠実さ

ロンドンで、本格的にブランドの在り方を学んだ、森川氏。海外コレクションを行う場所は、ロンドンコレクションだと思っていた、ファッションジャーナリストが、多かった事は事実です。

アヴァンギャルドで、アーティスティックな新生ブランドが、毎シーズン誕生するといわれる、ロンドンコレクション。クリスチャンダダのエッジの効いた、モードスタイルは、ロンドンコレクションに非常に似合うように感じます。

海外コレクションの場所をパリに選んだ理由を、森川氏は、「パリコレ参加は憧れだった」と飾ることなく答えています。この誠実さが、クリスチャンダダというブランドを支える原動力なのかも知れません。

「コムデギャルソンの川久保さんや、アンダーカバーの高橋さんがパリコレで戦っている姿に惹かれ、ファッションの道を志した」という森川氏。

「ファッション業界に対する憧れが、薄れている現代で、デザイナーという職業の素晴らしさを伝えたい」と話す、森川氏。

森川氏が、パリコレクションに挑み続ける理由は、若い世代へ、デザイナーという職業の素晴らしさをと伝える目的が大半なのかも知れません。

挑戦の意味が込められたブランド名

クリスチャンダダとは、森川氏が考えた造語です。

メゾンコードとしても使われることの多い、”クリスチャン”という響きに、アートカルチャーでの、否定やデストロイを意味する、”ダダイズム”を融合させて、完成させた、ブランド名には、リスペクトと挑戦という意味が込められているそうです。

多くの日本ブランドがパリで活躍する姿に憧れ、パリをコレクションの場所に選んだ、クリスチャンダダ。しかし、憧れのブランドと同じ道を歩むつもりは、森川氏には毛頭ないようです。

クリスチャンダダは、「全く別の自分らしい道を追求していきたい」と、森川氏はインタビューで答えています。

クリスチャンダダは、そのブランド名の通りに、既成概念を打ち破り、ファッション界のニュースタンダードを樹立する事は、間違いありません。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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