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エディ・スリマン、カムバック! 新生セリーヌ (Céline) が始動開始

ファッション界は変革の時を迎えているような予感さえします。速報としてファッション界を揺るがすビッグニュースが、流れました。その内容とは、エディ・スリマン(Hedi Slimane)のファッション界へのカムバックです。サンローランを退任後フォトグラファーに専念していた、エディ・スリマンに熱烈なラブコールを送ったビッグメゾンが、フランスの老舗ブランドである、セリーヌ(CELINE)。エディはセリーヌで、プレタポルテからオートクチュール、そしてフレグランスまで手掛ける予定です。セリーヌはエディ・スリマンをクリエイティブ・ディレクターとして迎えるにあたり、メンズラインのローンチも発表。セリーヌ初となる、メンズプレタポルテを、エディが手掛けます。エディ・スリマンの手により、確実に生まれ変わる事を約束された、老舗フランスブランドに迫ります。

エディ・スリマン(Hedi Slimane)が手掛ける新生セリーヌ(Céline)

天才デザイナーのカムバックによりファッション界が大きく変わる

ファッション業界を揺るがす、速報であり、ファッショニスタや、ファッションエディター、そして感度の高い富裕層にとっては、朗報が2018年1月22日に舞い込みました。

その内容とは、老舗ラグジュアリーブランドの、クリエイティブ・ディレクターとして、エディ・スリマン(Hedi Slimane)のファッション業界へのカムバックです。

サンローランをエディ・スリマンが去ったのが2017年の4月。エディはフォトグラファーに専念する事を理由に、惜しまれつつ、サンローランを勇退しました。

天才デザイナーであり、メンズファッションやモードの固定概念を大きく変えた時代の寵児である、エディの動向には世界中が絶えず注目していました。

エディがブランドを去る際に必ず囁かれる、自身のブランドのローンチや、他のビッグブランドへの移籍。

フォトグラファーとして専念すると言うインフォメーションは表向きで、他のブランドとの契約が決まっていると考えるファッションエディターが大半でした。

実際に様々なブランドの、クリエイティブ・ディレクターの噂もあがった、エディ・スリマン。しかし、ファッション業界から距離を置き、フォトグラファーとして本格的に活動していた、エディ・スリマンは、もうファッション界には戻らないのではないかとも、囁かれていました。

約9ヶ月の沈黙を破り、エディ・スリマンがカムバックの舞台に選んだのは、老舗フランスブランドのセリーヌ(Céline)でした。

セリーヌからの熱烈なラブコールを受けて、エディ・スリマンが、ブランド全てを統括する、クリエイティブ・ディレクターに就任。

エディがセリーヌのクリエイティブ・ディレクターに就任するのは2018年2月1日、そして現在セリーヌのクリエイティブ・ディレクターである、フィービー・ファイロは2018年3月で、退任する事を発表しました。

大規模で、大胆ともいえる、老舗フランスブランドの改革。エディ・スリマンが、セリーヌを牽引する事により、ブランドが大きく変わる事は確実です。

エディによる新生セリーヌが、ファッション界を大きく変えることは間違いありません。

しかし、セリーヌとエディ・スリマンの結びつきは、意外ともいう声も少なからずありました。フランス老舗ブランドのクリエイティブ・ディレクターとして、手腕を振るってきた、エディにとって、セリーヌのデザイナーは適任であるように感じますが、意外と言う声は、セリーヌにメンズラインが存在していない事が大きな要因に感じます。

エディが創り上げるセリーヌ初のメンズライン

セリーヌのクリエイティブ・ディレクターにエディが就任する事に、少し違和感が生じる理由は、セリーヌにメンズラインが存在していない事が関係しています。

エディ・スリマンは、レディースのデザインでも定評のあるデザイナーですが、圧倒的にメンズウエアのデザイナーとしての認知されています。

その理由は、ディオール・オムの立ち上げが関係しています。ディオールのメンズのプレタポルテラインである、ディオール・オムは、エディ・スリマンがローンチしたブランドです。

一大ムーブメントを巻き起こしたディオール・オムは、世界中のファッショニスタが着用。エディ・スリマンが手掛けるアイコニックアイテムである、スキニーデニムやショート丈のテーラードジャケットは、ディオールオムの誕生と共に生まれたアイテムともいえます。

老舗ラグジュアリーブランドを革命的に生まれ変わらす手腕に於いては、トップクラスのエディ・スリマン。ディオール・オムでの功績が、エディ・スリマンの現在のポジションを作り上げていることは疑う余地もありません。

エディが手掛けた、ディオールオムの衝撃は、かなりのもので、世界中でディオールオムのスキニーデニムは、品薄状態となり、プレミア価格で取引される事も珍しくありませんでした。

世界を巻き込む一大ムーブメントを創り上げる事に関しては、右に出る者がいない、カリスマデザイナーは、老舗ブランドを今までとは、全く別のアプローチで昇華させる事は間違いありません。

そして、エディ・スリマンが手掛ける、初のセリーヌのメンズラインに期待が高まっている事は言うまでもありません。

ディオール・オムの衝撃が2000年。18年経った2018年に見せる、セリーヌ初のメンズのプレタポルテラインは、ディオール・オムの登場以上の衝撃を期待してしまいます。

老舗フランスブランドが、エディのフィルターを通してどう生まれ変わるのか、世界中が固唾を呑んで見守っています。

エディの得意なロックテイストとナイーブな少年性を融合させた、儚くラグジュアリーなセリーヌのメンズコレクションなのか、全く別の観点から創り上げるメンズスタイルなのか、その答えは、2018年7月のパリのファッションウィークで明らかとなります。

2019年春夏コレクションはエディ旋風が巻き起こる事は間違いありません。

2019年春夏からセリーヌメンズラインがローンチ

天才デザイナーであり、絶対的なインフルエンサーの、エディ・スリマンのファッション界へのカムバック。

エディが手掛けたブランドは確実に生まれ変わり、それまで以上に注目を集める事が常識とされてきました。

セリーヌからメンズラインが誕生する事により、ラグジュアリーブランドの勢力図が大きく変わる事は間違いありません。

エディ・スリマンと言うカリスマデザイナーのカムバックと、セリーヌのメンズラインが、今後のメンズファッションと、ラグジュアリーブランドに革命的な影響を与える事は確実です。

セリーヌ(Céline)の現在のクリエイティブディレクターは?

フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)

現在、セリーヌのクリエイティブ・ディレクターは、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)です。”世界中の女性の視線を、セリーヌに向けることに成功した人物”とも称される、フィービーは、現在のセリーヌを創り上げた重要なデザイナーです。

エディ・スリマンのセリーヌのクリエイティブ・ディレクター就任が吉報なら、フィービー・ファイロが、セリーヌを去るニュースは、悲報であり、凶報ともいえます。

フィービー・ファイロが創り上げたセリーヌは、ラグジュアリーなリアルクローズファッションであり、洗練された強い女性像でもありました。

フェミニンなだけの甘ったるい、ラグジュアリーブランドではなく、強さにエレガンスを融合させる、ハイブリッドなリアルクローズウエアのバランスが、感度の高い富裕層や、エグゼクティブクラスから高い評価を得ていました。

クラシカルでノーブルなセリーヌの雰囲気に、強さをブレンドするセンスは、ビッグブランドに関わってきたフィービー・ファイロの経験と、生まれながらのセンスにあります。

10年に渡り、セリーヌを支え続け、ファッション界を牽引してきた、フィービー・ファイロはセリーヌにとっても、ファッション界にとっても偉大なデザイナーである事は間違いありません。

フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)の経歴は?

フィービー・ファイロは1973年にパリで生まれます。生まれたのはパリですが、育ったのはロンドンで、イギリスの名門セント・マーティンズを卒業します。

ステラ・マッカートニーとは、セント・マーティンズ在籍中から親しい中だったようです。フィービー・ファイロの名前を浸透させた、クロエのデザイナー抜擢も、ステラ・マッカートニーの口添えが大きく関係しています。

ステラは、クロエのチーフデザイナーに抜擢される際に、フィービーのクロエへの入社を強く希望、クロエを傘下に持つ、リシュモングループへ強くアピールしたことにより、フィービーはクロエでのキャリアをスタートする事ができました。

ステラがいなければ、クロエへ入社する事も難しかったと、フィービーはインタビューで答えています。

ステラ・マッカートニーと共に、クロエへ入社した、フィービー・ファイロは、クロエのアシスタントデザイナーに就任。

デザイナーのステラと共に、クロエの売り上げに大きく貢献します。ステラが、クロエのデザイナーを退任する、2001年に、クリエイティブ・ディレクターに就任、この時、フィービー・ファイロは24歳でした。

しかも殆ど無名の若きデザイナーに、クロエのクリエイティブ・ディレクターが勤まるのかと不安視する声も高まる中、フィービーは、若さ溢れる新生クロエを創り上げ、ヤングセレブレティから絶大な支持を得ます。

クロエのイメージを一新し、多くのファッショニスタを虜にした、ニューカーマーに世界中が注目します。

フィービー・ファイロは2006年までクロエのクリエイティブ・ディレクターとしてブランドとファッション界を牽引します。

惜しまれつつ、クロエを去ったフィービー。クロエのクリエイティブ・ディレクターを退任した理由を、子供を授かり、家族と過ごす時間を必要とした為と答えています。

2008年にセリーヌのクリエイティブ・ディレクターとしてカムバック

フィービー・ファイロは約2年間ファッション業界を離れ、2008年にセリーヌのクリエイティブ・ディレクターとして、ファッション界に舞い戻ります。

クロエのデザイナーが手掛ける、新生セリーヌの前評判は、頗る高く、重圧にさえ感じる、期待の中、発表したエレガンスで、ノーブルな新生セリーヌは、リアルクローズを強く打ち出した、都会的なアイテムやスタイルがメイン。

強い女性像にエレガンスさをブレンドした、フィービーの抜群のセンスによって生まれる、ガーメンツやバッグは、世界中のファッショニスタを虜にし、セリーヌ旋風を巻き起こします。

世界中のファッションアイコンが、最も気になるブランドとして、セリーヌの名前を挙げるようになるのは、フィービーが創り上げた、セリーヌ以降であるといっても過言ではありません。

セリーヌを支え、新生セリーヌをローンチした、フィービー・ファイロは2018年3月にセリーヌを去ることが決定しました。

正式には発表されていませんが、兼ねてより噂されている、バーバリーのクリエイティブ・ディレクター就任が現実味を帯びてきました。

偉大なデザイナーである、フィービー・ファイロはビッグブランドから引く手数多である事は確実です。フィービーの動きからも、目が離せません。

セリーヌ(Céline)とは?

1945年創業の子供靴専門店

セリーヌ・ヴィピアナと夫の、リチャードが、1945年に子供靴専門店をパリにオープンさせます。ここからセリーヌの歴史が始まります。

セリーヌは、二人の子供の為に上質な靴を作りたいとの思いで、立ち上げられたブランドです。上質なレザーを使用したオーダーメイドの子供専用の靴ブランドは、当時パリには存在していませんでした。

おそらく、ヨーロッパ中でも、オーダーメイドの子供シューズを扱うショップは、セリーヌだけだったと思います。

セリーヌの洗練されたデザインの子供靴は、パリの富裕層の間で話題となります。フランスの腕利きのレザー職人が作る、ハイエンドな子供靴は、パリの富裕層の間では、ステータスシンボルとなるまでに時間はかかりませんでした。

セリーヌの子供靴の評判は、パリからヨーロッパ全土に広がり、海外からもセリーヌの子供靴を求めて来店する、セレブレティが連日訪れました。

当然ながら、子供靴は直ぐにサイズが合わなくなります。子供のアイテムを専門に扱ったセリーヌは、他のラグジュアリーブランドよりも、軌道に乗るペースは早かったように感じます。

1950年代にはセリーヌの子供靴は、世界中の富裕層の間で知られた存在となっていました。上質な子供靴なら、パリのセリーヌが一番と、富裕層の間では当然の存在となったセリーヌは、更にビジネスの幅を広げます。

1959年にレディースシューズをスタート

セリーヌのデザイナーであった、セリーヌ・ヴィピアナは子供靴を買い求める、淑女にもターゲットを広げます。セリーヌの子供靴は、上質な素材と優れたデザイン以外に、靴としての安全面にも優れていました。

その為、安心して履かせる事のできるシューズとしても、セリーヌは高い評価を得ていました。シューズ作りに関して、高い技術を持っていたセリーヌは、レディースシューズラインをスタートさせます。

優れたデザインで、履き心地のいいセリーヌのレディースシューズの評判は、子供のいない、淑女やヤングセレブレティの間でも注目を集めます。

こうしてセリーヌは、子供靴専門ブランドから、レディースシューズブランドへとシフトチェンジしていきます。

1967年プレタポルテラインを発表

レディースシューズブランドとして、パリの富裕層を中心に人気を博したセリーヌは、上質なレザーと高度な縫製技術を生かし、レザーバッグを発表します。レザーバッグ、スカーフ、フレグランスと、扱うアイテムの幅が広がり、1967年についにプレタポルテコレクションを発表します。

セリーヌは、ウエアを含むトータルラグジュアリーブランドとして、歩みだします。セリーヌが、プレタポルテを発表した1960年代後半は、パリを中心とした、モードブランドは、オートクチュールから、プレタポルテへと大きく変わる時期でもありました。

パリを中心としたモードファッションの変革の時期に、プレタポルテを発表した、セリーヌ・ヴィピアナ優れたデザイナーであり、先見の明を持つ、優れた経営者でもありました。

セリーヌはB.C.B.Gのパイオニア

セリーヌが発表した、上質でベーシックなレディースウエアは、現在のハイエンドなリアルクローズウエアに近いものでした。洗練された都会的なデザインのウエアを展開するセリーヌはB.C.B.Gのパイオニアと称されます。

B.C.B.Gとは、1960年代後半にパリのセレブレティの間で流行った、ファッションやライフスタイルを指します。シックで上品なアイテムや着こなしの事を、当時B.C.B.Gと呼びました。

ハイエンドなフレンチカジュアルであり、ラグジュアリーでミニマムなスタイルがB.C.B.Gにあたります。

時代を創り上げたセリーヌに忍び寄る不穏な影

パリの富裕層を中心に、飛ぶ鳥を落とす勢いのセリーヌですが、次第に、B.C.B.Gは時代錯誤と見なされます。

B.C.B.Gのパイオニア的な存在だったセリーヌは、B.C.B.Gが廃れば、おのずとブランド自体も廃れていきます。セリーヌは、1980年代に入ると、かつての勢いをなくし、自力で立っていることさえ危うい様態に陥ります。

セリーヌを纏うセレブレティや、ファッショニスタはパリにはいないとまで言われるほど、ブランドイメージが低下したセリーヌは、大手複合企業の参加に入ります。

1987年に、フィナンシエール・アガッシュに買収され、ブランドの再建が行われます。現在セリーヌは、フランス最大のラグジュアリーブランドのコングロマリット企業である、LVMHの傘下にあります。

しかし、買収された事により、セリーヌは活路を見出す事に成功しました。

マイケル・コース(Michael Kors)がセリーヌを昇華

LVMHの傘下に入ったセリーヌは、アメリカ出身のデザイナーである、マイケル・コース(Michael Kors)をクリエイティブ・ディレクターとして迎え入れます。

マイケル・コースはそれまでのセリーヌのイメージを打破すべき、フレッシュで都会的なセリーヌを創り上げました。

セリーヌを若返らせたパイオニアが、マイケル・コースです。マイケルコースは、1998年から2004年まで、セリーヌを支え、見事フレッシュで都会的なイメージをセリーヌに定着させました。

現在のセリーヌのノーブルで洗練されたイメージの根幹は、マイケル・コースによって構築されたものであると言っても、過言ではありません。

様々なクリエイティブディレクターによって支えられた老舗フランスブランド

マイケル・コースにより、見事若返りを果たしたセリーヌは、その後も数々のクリエイティブ・ディレクターがセリーヌを支えました。

バーバリーのコレクションラインのデザイナーとして高い評価を得た、ロベルト・メニケッティもセリーヌを支えた一人です。

メニケッティによる、セリーヌは、2シーズンで終焉となりましたが、マイケル・コースとは全く違うセリーヌを創り上げ、ブランドの可能性を広げた事は大きな功績ともいえます。

セリーヌ(Céline)をセレブ御用達ブランドへ昇華させた功労者の退任

10年でセリーヌをトップブランドへと押し上げた鬼才フィービー・ファイロ

박효신さん(@hyo11hyo)がシェアした投稿 -

「私の作品を知っている人なんて誰もいなかった」今年3月に退社が決まった、現在、セリーヌのクリエイティブ・ディレクターである、フィービー・ファイロがクロエのクリエイティブ・ディレクターに就任して間もない頃のインタビューでの答えです。

無名の若きデザイナーが創り上げたフレッシュでポップなクロエの世界観。ヤングセレブレティを、クロエに夢中にさせた、鬼才は、2年のブランクを経て、セリーヌを絶対的なステータスブランドへと、押し上げました。

60年代一世を風靡した、セリーヌの輝きを現代に蘇らせた、功労者は間違いなく、フィービー・ファイロです。

ノーブルでミニマムな、着こなしも常に、ファッショニスタから注目を集める、セレブレティのアイコンでもフィービー・ファイロ。

誰も知らなかった無名のデザイナーは今では、ビッグメゾンからオファーが絶える事のない、カリスマデザイナーとしてファッション界を牽引しています。

エディ・スリマンによる新生セリーヌは、多くのファッショニスタが心待ちにしています。それと同時に、フィービー・ファイロがセリーヌを去るのは、やはり悲報です。

新生セリーヌが起こす新たなムーブメント

エディが手掛けるセリーヌのメンズラインが造るメンズファッションの未来

@kohno39がシェアした投稿 -

エディ・スリマンが手掛けると言うだけでブランドは確実に注目されます。エディ・スリマンがディオールオムをローンチして以降、この現象は、20年近く続いています。

クリスチャン・ディオールのメンズのプレタポルテラインである、ディオール・オムという新たなブランドを立ち上げたエディ・スリマン。

クリスチャン・ディオールのメンズラインではありましたが、ディオール・オムは、全く別の新進ブランドのように映りました。

ディオールのメンズラインはディオール・オムが初めてではなく、プレタポルテラインの存在はありました。

しかし今回のセリーヌのメンズラインは、本当の意味でゼロからのスタートです。つまり、エディがセリーヌのメンズラインの道を開拓すると言う事です。

Eisukanさん(@okuokudasan)がシェアした投稿 -

エディ・スリマンが創り上げるものは、単なる老舗フランスブランドのメンズラインではなく、メンズファッションの未来でもあります。

セリーヌメンズラインローンチ以外にも、久しぶりに見る事ができる、エディのレディースラインや、オートクチュールにも否応なしに期待は高まります。

ファッション界を牽引するインフルエンサーのカムバックによって、モードのあり方まで変わりそうな予感がします。

INTRODUCTION of THE WRITER

hansu719
name. hansu719
ショップバイヤー、スタイリストを経てフリーライター兼シンガーソングライターが生業です。ハイブランドからストリートstyleまでラグジュアリーな香りのするstyleが好みです。

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